暗黒の頂の向こうへ
第十五章 求める未来
テログループの、最後の作戦が行なわれようとしていた。

「我々は先の作戦で、苦しくも多くの同士を失った。
長崎の借りを返すのは、核の原点である広島しかない。
時空警察も、広島の歴史変更を企んでる事は、当然知っているだろう。 しかし、日本人のプライドを取り戻すには、この場所をもって他にない。 明るい未来を照らせるチャンスも、今しかない。
歴史に最後の戦いを挑み、忌まわしい過去を断ち切る」
 テログループのメンバーは、志を貫けるなら自らの命を投げ出す覚悟であった。

その頃アメリカ軍テニアン島基地では、B29爆撃機エノラ・ゲイが、歴史上初めての原子爆弾リトルボーイを搭載し飛び立った。
乗組員は戦時中であれ、一瞬で民間人数万人の命を奪う悪魔の兵器、原爆を落とす責任と運命をかみしめ、重圧のなか広島を目指した。
時空警察はテログループ撲滅のため、最大の戦力で迎え撃つ準備を整えていた。
グレンは、忌まわしい日本人テログループの最後の検挙に興奮していた。 「テログループのダイブアウトポイントは、B29機内である。
時空空間が開く直前に、B29の機体を100メートル前方に移動させる。 侵入者を空中にダイブアウトさせ、一斉攻撃で撃滅する。 何度も連続で侵入が予想されるが、ダイブアウト時の磁気反応をいち早く傍受し、機内への侵入を防ぐ。 今日で、日本人との戦いに決着をつける」

マリア率いる第四チームは、テログループ検挙の任務を外され、
定期パトロールについていた。
しかし三人は、広島での検挙の事が頭から離れないでいる。
守が小さな声で、独り言のように話した。
「歴史の成り行きを、遠くから眺めに行かないか?」
その声に気が付いたマリアは、険しい表情で首を縦に降り、運命の時代、広島に舵をきった。
二人の行動を見ていた隆一は、心臓を捕まれたような不安を感じ、無言で操縦席を立ちダイブスーツの袖を通した。
守との約束が、胸に刺さる。
 静寂で荒々しい異空間をぬけるノアの船内は、三人の心の叫びが交錯していた。
 守もざわついた心を押し殺し、ダイブスーツに身を包む。
お互いの覚悟を強く感じ取りながら、二人は狭い機内で視線を合わさず、言葉も交わさない。
守が無言で船尾のダイブドアのスイッチを押した。
 「何処へ行くつもりだ。 やめておけ」
我慢できず隆一は立ち上がり、ドアの開放を制止した。
守はうつむき、隆一の問いかけに応えない。
 「隆一。 守の好きなようにさせてあげて。 守は、大丈夫だから」
マリアが割って入り、優しく話した。
守は隆一の表情から思いを感じ取り、隆一を見つめながら時空空間へ身を投じた。
隆一は膝をつき、床を叩き落胆する。
守を止められない時点で、避けられない親友との戦いに覚悟をきめた。 守も悟っていると実感した。
B29爆撃機が原爆を乗せ、アメリカ艦隊上空にさしかかった。
テログループ、時空警察の双方に、緊張が走る。
心臓の鼓動が高鳴り、ダイブアウトのカウントダウンと同調する。
B29爆撃機の乗組員が、違和感を覚え機内後方に視線を移す。
空間が迫るように見えた瞬間、テログループと時空警察の激突が始まった。 時空警察の作戦は思惑が外れ、双方の隊員がB29爆撃機と、時空警察の監視船に群がり、激しい電子サーベルでの肉弾戦が行われた。
狭い機内は血しぶきと怒号が飛び交い、お互いが重なるように倒れこむ。 近距離で高速移動に劣るテログループは次第に圧され、装備でまさる時空警察が優位に立っていく。
グレンが恍惚感にひたりながら、テログループをなぎ倒す。 まるで今までの鬱憤を吐き出すように!
テログループの未来の炎は、希望の光は消えようとしていた。
B29爆撃機エノラ・ゲイの機内は深紅に染まり、搭乗員、テログループ、時空警察の死体が大量に流れ出た血液の海に、散乱していた。
最後の望みに掛けるテログループは、広島の原爆投下の歴史を封印する為に、B29の機体を破壊する為に、時空警察を葬る為に、高性能電磁パルス爆弾のスイッチに手を掛けた。
その瞬間、流れ出た大量の血液が引力に逆らうように、機内の側面や床を伝って、戻って行く。
突然の事態に、睨み合う双方の動きが止まる。
そして倒れ込んだ搭乗員、テログループ、時空警察の死体がゆっくりと消えて行く。 戦闘で傷ついた機内も、何事も無かったように元通りに直り、まるでそれは映像のスローモーションの逆再生のようであった。
 犯罪者、B29搭乗員、時空警察の隊員それぞれの、追跡調査で該当者を一斉に、犯罪処理係が削除、拘束した為であった。
「指が、俺の指が無い! 腕が、爆弾が消える。 何故だ。 くそー……」
次々と、テログループのメンバーが消える。 大量に流れ出た血液も、折り重なった死体も、何事も無かったように、ゆっくりと。
テログループは、大量動員された時空警察犯罪処理係により、壊滅した。
グレンは機内に残ったテログループの屍を踏みつけながら、見せ付けるように、ポーズをとった。
「所詮、イエローに原爆投下を止める事なんて無理だ。 人類のゴミだよ。 日本人は……」
するとB29の機内に時空の歪みがあらわれ、怒りに震える男が現れた。
 「遅いぞ。 おまえと同じゴミどもは片付けた。 お前も必要ない」
グレンが電子サーベルを、男の喉元へ突きつけた!
機内の空気が張り詰める。
その瞬間、緊張を切り裂くように怒りを解放するように、守の電子サーベルが唸りをあげた。
狭いB29爆撃機の機内を瞬間移動しながら、目にも止まらぬ速さで同僚の時空警察隊員を手玉に取った。 次元の違う強さであった。
一瞬にして、守以外の時空警察の全員が倒れ込む。
初めて人の命を奪った瞬間であった。
「志のないお前に、俺は止められない。 広島の原爆は俺が阻止する」
息も絶え絶えのグレンが、微かな声で答えた
「守。 お前を洗脳しているのは……」
 「洗脳……? 俺を洗脳したのは誰だ」
険しい表情でグレンの体を起こし問いただすも、最後の一言を残して、グレンは力尽きていた。
守は本当の自分の気持ちに、運命に気付き始めていた。
そして洗脳の事など、重要ではなかった。
それほど守の決意は固かった。
追いかけるように、隆一がダイブアウトして来る。
そして機内に倒れているグレンに目をやった。
誰がグレンを倒したのかは、一目瞭然である。
 守と隆一は、しばらく無言のまま相対する。 お互いが鋭い眼差しで、真っ直ぐに睨みつける。 二人は言葉を発しなくても、思いが伝わっていた。
守の行動をどこかで理解し、認めている自分の気持ちをかき消すように、説得を試みる。
「守……。 この世界は既に終わった世界だ。 俺たちは、夢の世界にいるのと同じなんだ。 お前は夢に囚われている。 気づいてくれ。 守……」 
 「未来を変える力を持ちながら、自分の保身を守る為に腐った世界にすがり付く。 時空警察も、テラ政府も、最早正義ではない。 隆一、お前はそれでいいのか……?」
今の守は一辺の迷いも感じることなく、未来と過去に挑んでいた。 説得を試みる隆一は、守の揺るぎない決意を感じ取った。
「ちがう。 歴史は変えてはいけない。 変えた先に何がある。 人間が代わらなければ、歴史を変える意味が無い。 守。 俺たちの世界に帰ろう」
「俺たちの世界? あんな暗黒の世界が、俺たちの世界などと、俺は認めない。 あそこには俺の居場所がない。 ここが夢の世界であったとしても、俺は世界を変えてみせる。 現実にしてみせる。 人類が滅びたら、過去も未来も意味がないだ。 俺は、時空警察官である前に、日本人であり、地球人だ……」
「守。 判ってくれ。 俺は、お前と戦いたくない。 お前を救いたい……」 
 「隆一。 俺はお前と勝負してでも、未来を変えてみせる」
守は信念の前に、隆一との友情も忘れていた。
 隆一にとって望まない最悪の局面を迎え、悲しい運命の壁が立ちはだかる。 人生で一番大切な人と、殺し合う為に向き合う。
守を助ける為に。
二人の実力は、五分と五分。 時空警察学校で何度も戦ったが、生死を賭けて戦う現実を、二人は覚悟した。 達人同士、電子サーベルでの戦いで、無傷で拘束することは不可能である。
高度一万メートル上空。 B29の機内にエンジン音と、日本軍の高射砲の音が響き渡る。
 お互いが電子サーベルをゆっくり構え、殺気が交差する。
達人同士の戦いは一瞬で勝負がつく。 勝敗の行方は、どちらかが狂気の世界により深く入れるかであった。
 二人は動かない。
神経を研ぎ澄まし、息を殺し相手の間合いにゆっくりと入る。
お互いの鼓動が、電子サーベルの先端に伝わる。
隆一は究極の戦いの中、守と交わした約束が一瞬頭をよぎった。
その雑念を振り払うように動揺を隠すように、隆一が勝負に出る。
「守。 勝負」 しびれを切らして、隆一が電子サーベルを振りかざす。
大気を切り裂くように、音をたててお互いの電子サーベルが交差する。
 「すまん、隆一」 
迷いを抱える隆一が、声をあげて崩れ落ちた。
守との勝負に対する戸惑いが、達人の感覚を鈍らせた。
隆一は最後の力を振り絞り、体を起こし、守を説得する。
「俺は、お前との約束を守れなかった。 守。 分かってくれ。
お前の信念も分かる。 俺も日本人だ。 だが、どんなに悪しき歴史でも、変えてはいけないんだ。 人類が滅ぶとしたら、それも宿命だ。 俺たちに歴史を変える資格などない。 人類が滅ぶには、滅ぶなりの理由があるはずだ。 それが定めだ。 すべては歴史の判断だ」 
隆一の最後の言葉を聞いた守は、魂を掴まれたように我に返った。 隆一との思い出が、走馬灯のように蘇る。
信念を貫くために、友を殺してでも、己が行なおうとした事を。
大儀のためなら、犠牲をいとわない自分本位な考えを。
その考えこそが悪であり、自らが罪である事を。
今の自分は、目的の為なら手段を選ばない、謎の男と同類だ。
気がついた守は、心にぽっかりと大きな穴が空き、たとえ様もない寂しさと絶望感に苛まれ、幼いころに思いをはせた。
孤児院で少数派の日本人は、落ちこぼれ日本人と落胤を押され、歯をくいしばり、ともに刻んだ日々を。 
守にとって隆一は、最大のライバルであり、最高の友であり、一番大切な、家族であった。 
「俺が馬鹿だった。 俺が悪だった。 なぜ俺は気づかなかった。 すまない隆一。 滅ぶには、滅ぶなりの理由があるんだ。 いや、気がついていたが、自分の欲望の為に気づかないふりをしていた!」
守は息絶えた隆一を見つめ、決意した。 しかし、これから行う事を想うと、胸が締め付けられる。 広島での思い出が頭をよぎる。 大勢の人の人生がよぎる。
「うぉー……」 小刻みに震えた腕を原爆投下スイッチに伸ばし、静かに目を閉じる。 
「隆一……。 俺が広島に原爆を落とすよ……。 これでいいんだ。 これが正しい選択だ。 これが俺の運命だ」
 守は泣きながら震えながら、原爆投下のスイッチを押した。
 隆一を犠牲にして、闇に覆われた地球を、明るい未来を願って行った行為を後悔した。 そして先祖の眠る広島に、原爆を落とす事実に、身を切られる思いで膝から崩れ落ちた。
その瞬間、小さな希望の光は消え、広島の悲劇の歴史が現実化した。
機内に横たわる隆一を抱きかかえ、守は心のわだかまりを語った
「隆一……。 黒幕を捕らえに行こう。 俺の最後の仕事だ」
守はB29の機体をテニアン島に向け、抑えられない動揺を、抑えられない震えを内に秘め、時空の渦に落ちて行った。
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