君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
引越し先が決まった。
ラッシュもそこまでひどくない、地下深くの路線の駅。
終電の時刻が今より早まるのが難点とはいえ、物件も条件も申し分ないし、なによりマンションの一階がコンビニで、夜中でも明るいのがうれしい。
しかもコンビニのすぐ横が地下鉄の出口ときている。
これ以上に安心な物件はないに違いなく、即決した。
来月の中旬には入居できる。
彩も喜んで、引越しを手伝うと言ってくれた。
新庄さんに報告することも頭をかすめたけれど、電話するほどのことでもないと思って、やめた。
新庄さんが異動して三週間。
いつの間にか、今年の最後の月に入ろうとしていた。
あれから一度も会っていない。
──餞別のわけ、ないだろ。
そう言うこともできたけど、私はあのときすっかり心が折れかけていて、新庄さんが差し出してくれた逃げ道を使わせてもらった。
『そんなようなものです』
新庄さんは、サンキュ、と笑って、もう行こうぜと私を促した。
要するに、ていよく「なかったこと」にされたわけだ。
たぶん新庄さんて、なにもしなくても女の子が寄ってきて、あんなふうにしょっちゅう気持ちを押しつけられて、その時々で流したり、気が向けばもらってみたりしてこれまで生きてきたんだと思う。