君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
頭はものすごいスピードで回転するのに、なにひとつまともに考えられない。

ノブがゆっくり動く。

逃げなくちゃと思いながら、目が離せない。


お帰り、と声がして、バカみたいにそれに反応して顔を上げると、見たこともない男の人が、私の部屋の玄関にいた。


悲鳴をあげたつもりだったけど、成功したかはよくわからない。


男に腕を掴まれた。

妙にそっと掴むその仕草が逆に恐ろしくて、ぞっとして、頭を抱え込むように抱きすくめられたときは、恐怖より気持ち悪さが勝った。


吐き気がする、男の体温と臭い。

もがけばもがくほど絡みつく湿った肌。


男がなにかつぶやいている。

耳鳴りみたいな音に満たされて、何も聞こえない。


いっそ気を失ってしまいたい。


そう願ったとき、鈍い音がした。

私は放り出されるように床に倒れ込んだ。


男の腕から解放された安堵で、咳き込むような呼吸に襲われた。

自力で身体を起こすより先に、乱暴に腕を引っ張られて、誰かに抱きとめられた。

息ができないくらいの力で、私を抱きしめてくれる腕。


ああ、この匂いなら、知ってる。



「新庄さん…」




──一緒に大事にしてくれるんじゃなかったのか。


私の好きな声がした。


──だったら自分のことも、大事にしてくれ。


やっぱり聞いてたんだ。

やっぱりこの人、最低だ。



私、やっぱり、この人が好きだ。



< 117 / 126 >

この作品をシェア

pagetop