君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
自然と足が止まった。


──秀二(しゅうじ)。


別れた彼も、あの車に乗っていた。


ボディカラーまで同じ黒だ。

もっと近くで見たくなり、私は路地に足を踏み入れた。


高そうなホイールに、フロントマスクもいじってある。

車好きの車だ。

そういう車の発する独特の空気のおかげで、記憶がどっとあふれ出てきた。


あちこち一緒に行ったなあ。

学生時代から、バイト代のほとんどを車につぎ込んでいた彼。


ひとけのない駐車場は最低限の明かりだけが灯っていて、駐車車両はまばらだった。

大通りから少し入っただけで、辺りはしーんと静かだ。


いいマフラーに替えてるなあ。



『マフラー替えてこそ、この車はカッコイイんだよ』



車のうしろに回り込んだとき、自慢げな声を思い出して思わず笑ってしまった。

こんなものに十数万円とか、あり得ないと思っていたけど、そういうバカなところもかわいかった。


運転席側に回って車内を覗く。

暗い車内に、マニュアルのシフトノブがうっすら見えた。


これは相当、好きだな。

どんな人が乗ってるんだろう。


それにしてもかっこいい車だ。

細部を見るにつけ、改めて見とれる。


あちこちいじってありながらも、全体をきりりとストイックな雰囲気がまとめあげていて、一言でいえば大人。


秀二の車は、もっとやんちゃだった。

限られた予算の中でなんとか仕立てましたって感じで、無邪気だった。

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