君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
って、しみじみしている場合?


我に返った。

栄養ドリンクもいつの間にか飲み干して、空だ。


そもそも、そんなにゆっくりしている暇なんてない。


──終電!


鈍く光るホイールに長々と見入っていたことに気づき、慌てて立ち上がろうとしたとき、うしろから腕を掴まれた。



「なにしてる」



男の人の声だった。

襟元を引っ張り上げられるようにして、無理矢理立たされる。



「……!」



恐怖で声も出なかった。


そのままの勢いで、セダンのトランクに叩きつけられた。

肋骨の辺りをリヤスポイラーが抉って呼吸が止まる。

ウインドウガラスに後頭部を激しくぶつけ、目の前がちかちかした。


持っていた瓶が地面に落ちて、かちんと音をたてた。

痛みとショックで息もできず、私は身体を強張らせて、ぎゅっと目を閉じた。


男は私の襟首を締め上げたまま、のしかかってくる。

必死でその手に爪を立てたけれど、びくともしない。


頭の中はパニックだった。

これからなにをされるのか、想像するだけで脚が震える。


誰か…。


そのとき、ふっと覚えのある匂いをかいだ気がした。

香水と、煙草の匂い。



「大塚さん?」



え?

降ってきた声に心あたりがあって、かえって混乱した。


おそるおそる目を開ける。

電灯の逆光の中に浮かぶ、見知った顔。


信じられなかった。



「新庄さん…!」


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