君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
車中、私はひたすら恐縮していた。
「すみません…」
「いや、俺のせいでもあるから」
終電を逃した私を、新庄さんが送ると言い出したのだ。
固辞しようとしたけれど、じゃあどうやって帰るのかと言われたら、ほかに方法なんてなかった。
「たいした回り道じゃない」
「新庄さん、お住まいは」
「横浜」
それならたしかに、我が家は通り道と言えなくもない位置にある。
少し気が楽になって、車内を見回す余裕ができた。
黒の内装。
シートは革だけど嫌味がなくて、あくまでスポーティ。
コンソールパネルは重厚に黒光りしている。
ごく絞った音量で音を出しているオーディオは、秀二が喉から手が出るほど欲しがっていたものだ。
運転、うまいな。
久しぶりの助手席で、隣にいるのが秀二じゃないことに、違和感を覚える。
ステアリングを握る手に、私がつけた爪痕を見つけて居心地が悪くなった。
彼の体温や重みが、まだ身体に残っているのを意識してしまう。
あのときは完全に動転していて、そこまで気が回らなかったけれど、あんな距離で顔を見たの、初めてだ。
ぽかんと私を見つめていた新庄さんの表情を思い出すと、笑いが込み上げる。
よかった、殴られなくて。
「煙草吸うけど、いいか」
「どうぞ」
律儀に私の承諾を待ってから、新庄さんがドアポケットの煙草に手を伸ばす。
車内でも吸う人だ。
秀二はそもそも吸わなかった。