君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
新庄さんは神業のような運転に集中し、私は予定していたアポのキャンセルやそのケアに追われて、行きの車内ではほかの会話をかわすどころじゃなかった。

到着するなり大急ぎでセッティングし、日が暮れるまでのタイムリミット、クライアントへのお詫びと、気苦労が続いた。


一日気を張っていたおかげで、どっと疲れを感じる。

今ようやく、ふたりとも一息ついている状態だ。


新庄さんも行きと違って、緩やかにクルーズしている。

薄く窓を開けて煙草を吸う顔は、どこか楽しそうでもあった。


要するにこの人、普通に車好きなんだな。



「今日、車でいらしててよかったですね」

「本当だよなあ、運がよかった」

「ちょくちょく、車で出勤してるんですか?」

「いや、あれ以来だ」

「……」

「…………」



『あれ』の指すものを考えて、言葉に詰まってしまった。

新庄さんも失言だと思ったんだろう、気まずそうに口を閉ざす。


この一週間、せっかくお互い忘れたふりをしていたのに。


嫌でも記憶がよみがえる。

腕を掴む手の熱、シャツ越しの体温、重み、煙草の匂い。

触れ合うくらい近づいた顔。

思い出すたび、記憶が美化されている気もする。


車内が急に狭くなった気がして、落ち着かない気分になった。

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