君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
いつもの命令口調。

でもその中に、温かい響きが隠れているのが、今の私にはわかる。


新庄さんを見上げる目から、ぼろぼろ涙があふれるのに、手を拘束されて拭えない。

涙はぽたぽたと顎から鎖骨の辺りに垂れては、冷たくなって服に滲んだ。



「…わかりました」



鼻をすすりながら、なんとかうなずく。

私が落ち着いてきたのを感じたのか、ようやく新庄さんは手を離してくれた。

ハンカチを取り出して、無造作に私の頬に押しあてる。



「じゃあ、定時に」



そう言うと、給湯室を出ていった。




定時になると、有無を言わさずバッグを持たされ、フロアを追い出された。

チームの人たちは、新庄さんがイベント明けの私をいたわっているのだと思ったらしく「お疲れ」と普段通りに送りだしてくれる。


先に行ってろ、と身振りで示されたのでその通りに駅に向かった。

とろとろと歩いていたせいか、すぐに新庄さんが追いついてくる。



「あの…私、やっぱりひとりで大丈夫な気がします」



一日仕事をして、少し冷静になれた。

たまたま事情を知ったというだけで、新庄さんにここまで迷惑をかけるのは心苦しい。

それに、自分で何もできない奴だと思われたくない。



「まあ、マンションまで行ってみて、だな。それで大塚が大丈夫なら、なにも問題ないわけだし」

「はい…」



電車は帰宅するビジネスマンでいっぱいだった。

普段は気にならない、他人との接触が、鳥肌が立つほど嫌だ。

そのことに気づいたのか、新庄さんはずっと、それとなくかばっていてくれた。

< 62 / 126 >

この作品をシェア

pagetop