君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
そっとドアを叩く音に続いて、ひそめた声が聞こえた。
「恵利、起きてる?」
詰めていた息が漏れた。
彩だ。
急いで鍵とチェーンをはずしに行くと、コンビニ袋を提げた彩がそこにいた。
「ごめんごめん、寝てた?」
「ちょうど起きたとこだった。急にどうしたの?」
勝手知ったる人の家で、彩はさっさと上がり込むと、袋の中身を冷蔵庫に入れて、流しで手を洗う。
「どうしたのじゃないよ、新庄さんだよ」
「新庄さん?」
「グラス借りるよ」
彩は買ってきたビールとグラス二個、つまみを手早くテーブルに並べると、ラグの上に腰を下ろした。
私も向かいに座って、クッションを膝にのせる。
「夕方、仕事してたらさ、新庄さんが突然あたしのところに来て」
ということは私を家に送った後、彼は会社に戻ったのだ。
「何時になってもいいから、帰りにあんたんとこ寄ってほしいと言うわけ」
「えっ?」
「あんたの具合が悪そうだからって説明なんだけど、どうもそれだけじゃない気がして」
言いながら缶ビールのプルタブを開け、ふたつのグラスに均等に注ぐ。
「行くから、理由をちゃんと教えてくださいって言ったの」
「はあ……」
「そしたら『心あたりがないのなら、本人から聞いてくれ』と、こうよ。このあたしに対して。いったい何様だ、あの男!」
よほど悔しかったんだろう、歯ぎしりしそうな勢いだ。
私はといえば、話の展開が予想を超えすぎていて、まったくついていけなかった。
新庄さんをあの男よばわりできる女子も彩ぐらいだろうな、とぼんやり考える。