君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
当の新庄さんは、ベンチでコーヒーを飲みながらパンフレットを眺めている。

連れてきておいて、なんの会話もない。


この人の、この沈黙が怖くなくなったのはいつからだったろう。

考えごとをしているとき、ただぼんやりしているとき、忙しく考えをめぐらせているとき、いつしかそういう区別がつくようになってきた。

たった二ヶ月前なのに、サポートに入るという宣言に凍りついたのを、遠い昔に感じる。



「さて、飯でも食いに行くか」



どうやら今日はとことん引っ張り回してくれる気らしい。

私が帰るのを怖がったことを、覚えてくれているんだろう。

実際、部屋にいるよりこうして出かけている方が、ずっと気持ちが楽だった。


なにを食べたいか聞かれて考えているうちに、いいアイデアが浮かんだ。

こうなったらとことん甘えてしまおう。



「あのですね」

「うん」

「ドライブがいいです」



新庄さんは完全に虚を突かれたらしく、ぽかんとする。



「今日、車でしょう?」

「なんでわかった?」



やっぱり。

待ち合わせたときに新庄さんに気づかなかった理由が、服装のほかにもあることに気づいたのだ。



「改札と逆の方向から来たので」

「そりゃ…」

「もっと言えば、キーホルダーがうしろのポケットから覗いてます」



思わず、という感じで新庄さんがジーンズのうしろに手をやる。


乗せてもらっているうちに気づいたんだけど、新庄さんは家の鍵と車のキーを分けるタイプだ。

車のキーには、単独で革のキーホルダーをつけている。

車でもないのに、わざわざキーだけ持ってこないだろう。


女ってほんと怖いよな、という気になる台詞は聞かなかったことにした。

< 79 / 126 >

この作品をシェア

pagetop