君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
私はといえば、立っているのがやっとだった。

マーケと営業はセットでクライアントに対応するので、組織的に遠いわけではない。

だけど代理店という性質上、異動したら必ず、異動前とは違うクライアントの担当に配属される。

つまりほぼ確実に、もう二度と、新庄さんと一緒に仕事をするチャンスはないということ。


一瞬、新庄さんと目が合った。

彼は困ったような笑みをちらっと浮かべて、すぐに視線を逸らした。



「送別会は来週やります、幹事は大塚さんよろしく」



ラスト、いいコンビだったからね、と無邪気に課長が私を指名する。



「お店、探します」



平然と応えている自分が、自分じゃないみたいだった。





「向こうの部長、うちの部長の大学の先輩だろ。ゴリ押しされたんじゃないかな」

「事実上の昇進ですよね」

「チーフになったの、一年前?」

「なんにせよ、急だよなあ。一時的にとはいえ、人員純減だもんな」

「仕事量でいくと、ふたり減だよ」



部内のあちこちで、さわさわと噂話が繰り広げられている。

新庄さんと林田さんは引継ぎのため、会議室にこもりっぱなしだ。

私も形ばかり噂話に加わるけれど、上の空であることを隠す余裕もなかった。


──宿題だな。


昨日の言葉がよみがえる。

あれは「私たちの」じゃなくて、新庄さんから、私への。

最後に、というつもりで勉強させてくれたんだろうか。

あちこち連れていってくれたのも、同じ。


デスクワークをしているふりも限界で、私は、たまった紙書類を捨てるという単純作業に移った。


──そういうのは。


ばさばさと機密度別に書類を分けていく。

よけい苦しいんだよ。

どうしてそれがわからないんだ。

この、鬼め。

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