君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)

「辞令、見たよ」



昼休み、開口一番彩が言った。



「マーケから、えげつない引き抜きがあったみたいだね」



事情通の彩らしく、もう裏話を仕入れている。



「新しいコンサル部門が立ちがるらしいよ、そこの一員として入るって話」

「私もその噂、聞いた」



辞令では既存部署への異動としか記されていなかったけれど、聞きかじったところによると、大幅な組織変更の、予備人事みたいなものだったようだ。

マーケティングユニット内で異動する人が大多数だけど、新庄さんのように、他部門からも数名がピックアップされたらしい。

早い話が、社内から有能な社員を集めて新部署を作るのだ。



「まあ、よほどのことがない限り引き受ける話だよね。おもしろそうだもん。で、どこ食べ行く?」

「うーん…軽いとこでいいや」

「そこまで落ち込まないでよ、今生の別れってわけでもないでしょ」



でも、それに近い。

この巨大な組織で、今までただの一度もすれ違うことなく働いてきた人が、どれだけいることか。

気軽に会ったり飲んだりできる関係なら、こんな距離はなんでもないだろうけれど、私と新庄さんは、違う。



「営業って、ひとつの部署にいる期間、長いもんね。うちらみたいなぺーぺーはともかく」

「だよね、動くとしたら私の方が先だと思ってた」



この会社では、入社して五年目までが異動の契機だった。

五年経過した時点で営業部署にいる場合、その後は十年以上動かずにいることも珍しくない。

だから、なおのこと今回の人事は話題を呼んだのだ。



「彩の前でくらい、落ち込ませてよ」



泣き言を言うと、彩は「しょうがないなー」となぜかうれしそうだった。



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