君しかいらない~クールな上司の独占欲(上)
全身の血がどこかへ行ってしまったみたいだった。

と思ったら今度は一気に戻ってきて、身体が燃えるように熱くなる。


頭の中が、まっ白になった。

異動するって、こういうことだ。

やっとわかった。


会えなくなるとか、一緒に仕事できなくなるとか、そういうことじゃない。

新庄さんが新しい場所で、新しい人と、新しい生活を始めるってこと。

新しい上司ができて、同僚ができて、新しい部下が、できるということ。


私の知らない人たちに囲まれて、そこで新しい人間関係を築くということ。


向こうのテーブルから笑い声が上がる。

女の子と顔を見合わせて、何事かを話す。


嫌だ。

嫌だ、嫌だ。



「どうしたの? あ、新庄さんだ、おーい」



私の視線の先を見て、小林さんがのんきな声をかけた。

新庄さんがこちらに気づき、片手を上げる。


ふたりは新庄さんがチーフになる前、まだ、ただの営業員だった頃からの仲なので、関係は気楽なものだ。



「俺、治ったよ、今度行こうね」



口元でカップを傾ける、年配の人のような仕草をする小林さんに、新庄さんが笑ってうなずいた。


少し雑談をして、この間のお詫びにとお菓子をいただいて、小林さんと別れた。

唐突な感情の動きにくたびれてしまったらしく、身体が重い。

見送りをしたエレベーターの前から動くのも億劫で、しばらくぼんやりとしていた。


ふいに新庄さんの声が聞こえて、びくっと震える。

向こうの話が終わったのだ。

四人でこちらに歩いてくる。


このままだと、同じエレベーターに乗ることになりかねない。

私は足音をたてないよう、フロアの端にある階段へ向かった。

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