カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
誰にもなににも邪魔されない。
そんな、広い砂浜で、私と神宮司さんの影がひとつになる――――それを目を閉じることが出来ずに、硬直していたときだった。
ブーブーブーッ、と規則的なバイブが聞こえて、伏し目だった神宮司さんと、ぱちっと目を合わせた。
「あっ……」
明らかに私のカバンの中から聞こえるバイブ音は、未だに鳴りやまない。
甘い空気から一変してしまったことに、神宮司さんは大きく息を吐いて項垂れると、私の顔から手を離した。
「こんなとこでも電波はあるのかよ……」
「いえ……アラーム……いつも、定時30分前になったらわかる、ように……」
言いづらい事実を説明すると、神宮司さんは項垂れたまま視線だけを私に向けた。
そして顔を上げると、頭をボリボリと掻き、溜め息交じりに言う。
「さすが、仕事の鬼の“美雪ちゃん”」
『まったく、しょうがない』。
そんな顔をした神宮司さんは、もういつもの“先輩”。
未遂に終わった男女の時間に、ほっとどこか胸を撫で下ろして「すみません」と漏らす。
「じゃー“定時30分前”だし、帰るか」
こんな失態も、神宮司さんならこうしてすぐにジョークにして、気まずい空気を和らげてくれる。
本当、『頼れる先輩』だ。
「……はい。まぁここからなら、定時に到着は無理でしょうけど」
くるりと方向転換をし、軽く笑いながら、私も神宮司さんの冗談に乗っかった。
髪を耳に掛け、さざ波の音を聴く。そしてその波に、もうすぐ消されてしまいそうな足跡に視線を落とす。
「靴の中が砂だらけですよね」
私が振り返って言うと、油断したところに突然肩を抱き寄せられて、触れるだけのキスをされた。
そして、赤く染まりゆく水平線をバックに、神宮司さんが熱い眼差しを向ける。
「……なんにも進展なかったら、“アイツ”に負けそうだし」
“アイツ”。
一晩経っても、別の人と歩いていても、アイツが心から完全に消えることがない。
――どうしてくれんのよ。
この海が、こんなに色鮮やかに私の目に映るのは、あんたのせいよ。