カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
「じゃあそろそろ、お先に失礼します」
それからすぐに定時になって、不運にも部署内では私と森尾さんのふたりきりになってしまった。
今朝は月曜日とあって、朝からばたばたと忙しくして、流れるように外へ出たから森尾さんとはまだ対峙してない。
逃げてたわけじゃないけれど……だけど、わざわざ自分から触れたくないっていうのも事実。
関わりたくないのに、考えたくもないのに、森尾さんのことを気にしている自分がなんだか自分らしくなくて気持ちが悪い。
『あの日、どうしてあの場所にいたの?』
『彼と会ったの? なにを話したの?』
それらの疑問を口にすれば、何倍にもなって自分に返ってくるのがわかるから言えない。
「知ってます?」
そこへ突然、沈黙を破ったひとこと。
首を回して後ろのデスクを見ると、データを入力している彼女の後ろ姿があった。
森尾さんは、カチャカチャと重たそうな爪でキーボードを叩きながら続ける。
「たとえば、大手クライアントの娘とか、アイドルの卵とか」
「は?」
なに言ってるの?
「デザイナー目指してる有望な女子学生とか」
「デザイナー」? 「クライアント」?
それはもしかして……。
「やっぱりモテるんですねぇ。まぁ、当然ですよねぇ。あのルックスですもん」
森尾さんを凝視していると、キーボードの音が止んで、ゆっくりと椅子を回転させながら振り向いた。
「なにが言いたいの?」
あの日以来、初めて面と向かった私たちは、もはや先輩後輩としての空気じゃない。
片手で頬づえをついて、にっこりと笑いながら森尾さんが言った。
「KANAMEの今までのカノジョ、ですよぉ」
くすくすと笑って、ウェーブの毛先をつまんで遊ばせる。
その毛先に視線を逸らした彼女に、淡々と答えた。