カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―

「おつかれさま。……どっか、いくの?」
「……え? ええ、5階に……」
「そっか。じゃあ途中まで」


たったツーフロアを降りるだけ。
だけど、その僅かな時間に、どんな顔をしてなにを話せばいいの?

横に並んだ要からは、やっぱり彼の香りがする。
少し見上げるくらいの背丈は、並んで歩くのにはちょうどいい。


さっきまで足早だったせいもあって、やたらと遅く感じる歩調は、余計に緊張が増す。


「……仕事って、やっぱり簡単じゃないよね」


口を開いたかと思えば、いままでの要からはあまり想像できない言葉。
思わず階段を降りる足が止まってしまうくらいに。


「――なんて、ね」


数段下に立つ要も立ち止まって私を見上げる。その顔は、穏やか……なんだけど、どこか――?


要はすぐに背を向けて、続きを降りていく。それから折り返す地点でもう一度私を見て、ニコリと笑った。


「ああ、そうだ。神宮司さんに伝言、いい?」
「えっ……あ、ま、待って」


打ち合わせ後だから、なにか伝え忘れとかそういうものだと思った私は、慌てて資料と一緒に持っていた手帳を開く。
ペンホルダーに差さっていたキャラメルのボールペンを握って、要の『伝言』を待った。


「『誰も……』」
「『ダ』、『レ』……あ」

なにも考えずに、出だしを書き始める。けれど手帳には全然文字が出てこなくて、焦って声を上げてしまう。



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