カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
「じゃ……」
「待って!」
俯いて、急に歩く速度が速くなった要の顔は見えないまま。
口元には笑みを浮かべているようにみえるけど、それはきっと本当の“笑顔”なんかじゃないでしょう?
階段の手すりに体を預けるように、階下を覗く体勢で要を呼び止める。
私の声に、要はピタッと止まりはしたけれど、そのままひとことこう言った。
「そのペン、美雪にあげるよ。じゃあね」
あっという間に姿が見えなくなってしまった。
その場に置いて行かれた私は追いかけることも出来なくて。
「『あげる』って……」
それって、もしかして……“会う気はない”っていうこと。
右手の茶色いボールペンに、染みが出来る。
自分でも気付かないうちに頬を伝って落ちた雫が、より一層濃い茶色に軸を染めてた。
なに、泣いてるのよ。自分が被害者だとでも思ってるの?
自ら寄り掛かって、不安定な自分の態勢を整えるまで、と逃げだして。
全部自分の撒いた種じゃない、自業自得。
こうなることを恐れて距離を取ってたはずでしょ?
それなのに――――。
「あれ? 阿部?」
階上から聞こえた声に、肩を上げた。
タ、タンッっとすぐに近くまできた足音に、なんとなく右手のボールペンを隠した。
「いやー、エレベータータイミング悪くて! 阿部はどこ……」
本当は涙も隠す予定だったけど、この間、要の前で泣いたせいか涙腺が脆くなっているみたい。
「……泣いてんのか……? どうした?」
人前で泣くのはあの一度で充分だったはずなのに。要(あんた)が原因で泣かせてどうするのよ。
って、私また、あいつのせいにしてる……。
歯止めを掛けようとすればするほどに、本心とのギャップに気付かされて胸が痛い。
「……す、み……ません……」
ようやく止まりかけた涙も、言葉を発するごとに、また溢れだしそうになってしまうから。
ひとことだけ言って階段を掛け降りようとした私の腕を、神宮司さんが掴む。
次に呼吸をしたときには、神宮司さんの胸の中にいた。