カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
「……それ、どういう意味? オレが悩みも苦労もない、天才だとでも言ってるの?」
強く握られていたはずの手を離されると、やけに肌に触れる風が冷たく感じる。
「美雪は、オレが雲の上の人間だとでも?」
なんだろう。今日、階段でも感じた要の違和感。
キラキラと、明るく澄んだ要と対照的にも感じる、人間臭さのような――……。
「どんな人間だって、生きてたら傷くらいあるし、泣くことだってあるよ」
ふと、頭上で影が動いた気がしてチラリと視線を上に向ける。
ロールスクリーンがされているけれど、さっきの彼女。おそらくは、『美央』。
「……そうね。だけど私は役に立てないみたいだから」
こんな時間に招き入れて、あんなふうに触れられても至って自然でいられるのは、私じゃなくても親しい間柄だと勘繰ってしまうのは仕方ないはず。
その彼女の影を見てしまった私は、要の変化に気づきながらも、突き放してしまった。
止まった彼から目を背けて、足早にそこから立ち去る。
耳に届く、自分のヒールの音が大きい。心臓の音も、呼吸の音も。
――要の音は、なにも聞こえない。
来た道を戻ると、当たり前だけど神宮寺さんがそこにはいて。
予想外だったのか、突然姿を現した私を、目を大きく、丸くして見降ろす。
まるで漫画のように、咥えていたタバコを落として。
「なっ……」
「ひとりで帰らせてくれませんか……すみません」
早口で言って通り過ぎようした私の肩を、神宮寺さんは咄嗟に掴む。
「『離さない』……って言ったの、忘れた?」
「……ちゃんと覚えてます。だけど、今だけ。お願い……」
俯いたまま、奥歯に力を入れて、絞り出すように訴える。
少しの間の後、私はゆっくり解放された。