カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
そう気付いたのと同時に、ピタリと音が止まって、真正面から真剣な瞳に射抜かれる。
「昨日」
その出だしの言葉だけで、びくっと動いた私の手から、フォークが音を上げてしまった。
だけど、そんな小さなこと、と言わんばかりに、神宮司さんは気にも留めずにそのまま私を見つめて、続ける。
「昨日、あんなに、もどかしい思いをしたのは初めてだ」
その言葉に、なんて答えていいのかわからない。
『すみません』? 『時間をくれてありがとう』?
だけど、こんなふうに、神宮司さんのことまですぐにはあの時、考えることが出来なかった。
「……ひとまず出るか」
神宮司さんがそう促して、会計を済ませる。
その間も、私は今の話の続きに鼓動を速まらせる。
革靴の音で顔を上げると、間髪いれずに聞こえてきた言葉。
「ココの部屋、取ってる」
それだけ言うと、彼はじっと私の出方を待っているよう。
だってそうよね。
昨日言ってたじゃない。「離さない」って。それを承諾したようなものじゃない。昨日の私の行動は。
一度、神宮司さんの降り模様の入ったボトルグリーンのネクタイに視点を合わせる。
そして結び目を辿り、再び彼の顔に焦点を合わせると、こくりと頷いた。
なんて単純なの。
恋人同士になろうとして、その日に一線を越えるなんて。
だけどそれが自然なことで、手っ取り早く、身体も心も彼に染まれそうな気がして。
そう計算してしまう私って、すごく愚か。
緊張と、覚悟と。そんな眼差しを向ける私を、神宮司さんは黙って見つめ返す。
嬉しそうな笑顔を浮かべるわけでもない。かと言って、私の返事に戸惑っている様子でもない。
そんな表情が、すごく大人に感じた。