カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―


落ち着いた佇まいに、ローズグレイの看板。
呼吸を整えてから、祈るように取っ手に手を掛け、ギッとドアを押しあけた。

すると、静かな景観からは想像しなかった程の、賑わう人たちの話し声が途端に聞こえてくる。


ああ、今日は金曜日だし……飲みに来るお客さんも多くて当然よね。


前回来たときとは違う雰囲気に、ちらっと店内を見るだけにして、カウンターを端から端まで探す。
けれど、要らしい人は見当たらない。

すぐに今度は“マスター”を思い出して顔をあげると、カウンターの奥にいたその人が、グラスを片手に私をみつけて声を掛けてくれた。


「いらっしゃいませ。ああ、こんばんは」
「すみません、あの……!」
「あれ?! 阿部じゃん!」


話の途中で、横から来た他の客に声を挟まれて、目を見開いて振り向いた。


「なっ!」
「来てくれたのか?! 直談判しにいった甲斐あったなー!」


もう結構いい酔い具合で、私の肩をパシパシ叩きながらそう言うのは梨木。


そういえば、同窓会って今日……?!
大して中身も見ずにごみ箱に捨ててしまったから、日時なんて記憶になかった。

どおりで前に来たときよりも客数が多く感じたわけだわ……。


「ちょっと。馴れ馴れしく肩に手を置かないで」
「あっ……と、悪ィ。あ、あっちに他の奴らも――」
「ごめんなさい。私、今日は同窓会に参加しに来たわけじゃないのよ」


一分一秒でも惜しい今、単刀直入にそう告げると、梨木はぽかんと私を見た。
“余計なお世話”とか“ひとこと多い”梨木が、なにも聞かずに「そうか」とだけ答えた。

梨木の視線を感じながら、それでもなりふり構ってられない私は、マスターに話の続きをする。


「すみません。今日、彼は来てませんか?」
「KANAMEかい? 今日は見てないなぁ……というか、あの日以来、来てないです」


あの日――……。


「そう、ですか。すみません、お仕事中に」


これで完全に振り出しに戻ってしまった。
出逢って間もなくて、アイツのことなんかほとんど知らない私には、もう行くところなんて思い浮かばない。

「はあ」と溜め息をひとつ吐き、そのまま店を出ようとした背中に梨木の声が聞こえた。

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