カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
「そういや、さ。阿部って猫、飼ってたよなぁ。元気?」
……また、こいつは急になにを……。
そう思って呆れ顔で振り返る。でも、梨木の顔を見て察した。
なんとなく、気を遣ってくれての話題で、少しでも和ませようと頑張ってるのかな、って。
梨木もこの前の件や、奥さんの助言で変わろうとしてるのかもしれない。
そう思ったら、なんだか気が抜けた。
「……もう、死んだわ」
「えっ……ああ、そうか。もうそれだけ経つもんな」
「……よく知ってたわね、そんなこと」
「……学校では見ない笑顔(カオ)だったから、なんか憶えてた」
きっと、大人になってからそんな顔してないんだと思う。
あの頃に、どんな顔をしてたかなんて、全く自覚はないけれど。でも、気まぐれ猫だったから、たまに擦り寄ってくるのがうれしかったのを思い出した。
「なかなか抱かせてくれなかったのよ。だから、身を預けてくれたときはうれしい顔をしてたのかもしれないわ」
初めは気まぐれに翻弄されて、心配して探しまわったりもした気がする。
そんな些細なことに惑わされていた頃を思い出し苦笑した。
「……“彼氏”、探してんの?」
梨木の疑問に笑いがピタリと止まる。
「……あいにく、彼氏なんかじゃないわ」
真実を言っただけだけど、梨木の眼は驚きを隠せてない。
ああ、そうか。前にここで一悶着あったときに、あたかも彼氏のような振る舞いを要がして助けてくれたんだっけ。
「そう言われたら、“気まぐれ猫”気質だからかもしれないわね」
「は?」
私も人のこと言えないくらいふらふらしてたかもしれないけど。
でも、要だって、相当掴みどころのない、猫みたいな男よね。
「きっと、掴まえられたら……」
梨木の見たような笑顔が、自然と零れる。
「じゃあね」
くるりとまわって今度こそ店をあとにしようと出口に手を掛けた。
「――またな!」
梨木の声に振り向くことはしなかったけど、背中を押された気がした。