カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
「本庄さんは――」
「ああ。『要』でいいよ」
挽き立てのコーヒーの香りと同時に、彼の前にお揃いのカップが置かれた。
熱いはずのその出されたばかりのコーヒーを、表情を変えずに一口飲んだ。
「『要』でいいよ」って。よくよく考えたら、この子の方が歳下なのよね?
ここで会ったときからタメ口じゃない? なんで私そんなに軽く見られてるの?
まぁでも、こっちが仕事を依頼してる立場だし、それくらい大目にみなくちゃ。
「要さんは、今日わが社に来ていかがでしたか?」
「……」
「?」
あんなに流暢に話をするはずの人が、突然黙り込む。
本当あまりに突然だったから、驚いて、なにかあったのかと凝視して彼の出方を待った。
「堅苦しいの、好きじゃないんだ」
「は……?」
「『さん』とか要らないから。オレも美雪って呼んでいい?」
ちょっ……なにこいつ!
これだからイマドキのやつは嫌なのよ! だから相手を選ぶなら同い年か歳上って決めてたのよ!
あまりに常識のないことをいう男を目の当たりにして言葉を失った。
だけど向こうはそんなこと気にもならないようで、全く表情を変えずに笑って言う。
「あ、『馴れ馴れしい』って思ったでしょ?」
「……そう感じるのが普通だと思うわ」
「じゃあ、オフィスで会ったときにはちゃんと『阿部さん』て呼ぶよ。外で会ったら『美雪ちゃん』にする」
「悪いけど、もう『ちゃん』なんて呼ばれるような歳じゃないのよ」
「それじゃ、『美雪』だね」
――ハメられた。
『美雪』と呼ぶ方向になったのは、偶然じゃない。そんなの、こいつのしたり顔見ればわかるわよ。
「“本庄さん”。あまり歳上をからかわないで欲しいわ」
「あ、オレの歳知ってるんだ? それなりに興味があって、ってこと?」
「違うわよ! たまたま耳にしただけ」
「ふーん。それは残念」
「残念」だなんて、これっぽっちも思ってないでしょう?!
そう喉元まで出かかったのを、ぐっと堪える。