カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―

登録していない番号からの着信。
それはわりといつものことで、親しいお客さんが直接携帯にかけてくることがあるから特段驚いたりはしない。

車通りの激しい場所から急いで脇道に入ると、急いで電話に出た。


「はい。阿部です」
『あ、俺』


『俺』ってどこの『俺』様よ。

滅多にない間違い電話――いや、嫌がらせ電話? 詐欺?
とにかく、人が気持ちよく予定通りに仕事を遂行しているところになんて邪魔なの。


「あいにくですけど。『俺』という人に心当たりはありませんので」
『ちょっちょっ……俺! 神宮司!』


こんな電話に構う時間がもったいないとばかりに、早口で言いたいことを言って通話を切ろうとしたら、スピーカーから慌てふためいた先輩の声がした。
数回瞬きをして、一呼吸おいてから、気を取り直して答える。


「じ、神宮司さん……? どうしたんですか?」
『お前、ちょっとは「聞いたことのある声だな」とか思わないのかよ』
「いえ。少し前に話題になっていた“おれおれ詐欺”の類かと」
『……先輩なのにひでー扱いだ。お前、俺の番号登録しとけよ? 毎回こんな感じから始まるの俺ヤダ』
「『毎回』って……名乗ればいい話じゃないですか」
『いやいや。そこは阿部が登録すれば済む話だろ』


着信の相手が神宮司さんとわかって気が抜けた私は、社に戻る道を再び歩き始める。
少し涼しくなってきた風を受け、髪を靡かせながら携帯を逆の耳にあてなおす。


「どうしたんですか? まだ就業時間中なのに」


さっき見た腕時計にもう一度視線を落とす。
気付けば長針が予定より10分過ぎたところを指している。


10分くらい、予定の範囲内ね。残業することには変わりないわけだし。


頭の中で予定を組み直していると、ふざけ半分だった神宮司さんが、急に真面目な声色に切り替わる。


『阿部、今どこ?』
「え? 今は四番街出たとこですけど」
『マジ?! ちょっとおつかい頼まれてくんねぇ?』
「は……?」




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