カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
私がこの“弐國堂”(にこくどう)という老舗文具店を担当するようになって2年。
そこに勤める神野さんは、私にはないものをたくさん持っていて、正直羨ましい。
“ないもの”というのは、色々と。
例えば、可愛らしい容姿と性格。彼女は森尾さんとはまた違う可愛らしさがある。
森尾さんは、“計算している”のがわかるけど、神野さんはそうじゃない。自然とにじみ出てる可愛らしさは、きっと老若男女に好かれる理由のひとつだと思う。
素直だし、自分よりも相手のことを第一に考える姿勢は仕事でもプライベートでもそうみたいで感心する。
まぁ、あとは、彼がいる。とか。
私は万年筆を持った、神野さんの左手の薬指を見た。
「そうですか? ありがとうございます」
こんなふうに、まっすぐに受け止めてお礼の言葉を口にする彼女には、特別な彼がいて当然だろう。
純白のような心の中には、真っ赤な熱いものを隠している彼女。
だから、イメージカラーはそれらを混ぜた、ベビーピンクみたいな感じ。
その点、そんな素直さが“ない”私を、特別に想ってくれる人なんてなかなか現れなくて当たり前だとすら思ってしまう。
私を色で例えるなら……。
「……阿部さん?」
「あ、ああ。ごめんなさい。そうそう、今日はうちの新商品の資料を持ってきました」
仕事中なのに、余計なことを考えてしまっていた私はハッとして、慌てて仕事モードに切り替えて黒いカバンからファイルを取り出した。
ステープルで綴じた用紙を神野さんに手渡すと、彼女は大きな目をその資料に向けた。
そして真剣な顔でパラパラと数枚ある資料に目を通すと、不意に顔を上げて私を見る。
「これ! かわいいですね!」
一ページ目に戻って、その写真を指さしながら神野さんは笑顔で言った。
彼女の笑顔につられて私も自然と笑顔になる。
「ありがとうございます。ぜひ、セットでどうでしょう?」
「相談してみます。でもきっと、オーケー出ると思いますけど」
ショーケースの上に置かれた、昨日私が残業して作った資料。
神野さんはそれを、楽しそうに何度も何度も、捲っては眺める。
私はそんな彼女の幸せそうな時間を少しそっとしておいて、ショーケースをぐるりと見て回った。