カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
『昨日』?
『うまく』?
この子、何言ってるの?
まるで私だけ時間が止まったかのように、微動だにせず、コソッとそう言った小柄な森尾さんを見つめていた。
すると、彼女は背丈のある私に少しでも近づくように、背伸びをしてさらに囁く。
「ちょっとだけ、“カレ”を煽ってみたんですけど」
鼻腔を擽るオールドパルファム。
そして一気に私の体の熱が上がる。
「余計なお世話。迷惑よ」
私の異論も跳ね除けるように、彼女は少し厚みのある唇を尖らせて、拗ねたように続けた。
「『迷惑』なのは、お互い様ですよ」
「……っ、はぁ⁈」
「ふらふらされてると、あたしだって迷惑なんです」
いつもは鼻にかかったような、ぶっ飛んだような声と話し方なのに、今の森尾さんは全くの別人。
なによ。普通の声で、普通に話せるんじゃない。
“作ってる”と予想はしてたから、変貌振りに驚くことはしない。
だけど、彼女の言うことに驚きを隠せない。
「KANAME。阿部さん、会ったりしてますよね?」
――――勘付かれてた。
昨日、エレベーターホールで。
気配と予感は少ししてたけど、こういうことは仕事のときと違って、目ざとく見てるってわけね。
しばしの無言の後、目を閉じ、「はあ」と溜め息を吐いた。
そして下を向いて垂れていた前髪をかきあげながら森尾さんを見据えて言う。
「私がどうこうとか関係ないでしょ」
「そんなことないですよぉ。ハッキリ言って、ジャマです」
「こんな私なんかで躓いてるようだったら、どのみち“脈ナシ”だ、って言ってんの」
「――っ」
私の言葉に、びっくりしたような目をして、すぐに悔しそうな表情になる。
そして俯いた彼女を見て思うことは、『言い過ぎた』ではなく、『売られたケンカは買ってやる』。
闘争心を秘めつつ相手の出方を待つと、予想通り、森尾さんは逃げ出さずに顔を上げた。