カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―
それから要はなにも言わず、ただ隣で氷の音を響かせて、時折お酒を飲んでいるだけ。
沈黙する私たちの間には、後ろにいるお客さんの楽しそうな会話と、微かに流れるジャズが聞こえるだけになった。
3杯目もなくなりかけたときに、あきらかにお酒の力で自分から沈黙を破った。
「ときどき、自分の価値がわからなくなるわ」
いや。「ときどき」じゃなくて、最近では「いつも」かもしれない。
「頑張って得られるものには限界があって……結局、“得ることのできないもの”を持ってる人が、人生の勝ち組なのかもしれない」
容姿も知識も、上司や取引先の信頼も。
それらは努力して手に入れられた。頑張っているときは、苦しさなんて感じなかった。
ただ夢中で、努力が報われていく瞬間にやりがいを感じて。
でもある程度のことを成し遂げて、いざ、この先の人生を考えたときには――。
「仕事とプライベートはイコールじゃない、って頭では割り切ってても、どこかすっきりしない」
急に自信がなくなってしまった。
そもそも、なぜ私はあんなにも自信に満ち溢れていたのかすらわからなくなってしまった。
その途端、差しのべられた手を取ることすらも躊躇して、疑って。
「……本当の自分(わたし)がわかんない」
だから、神宮司さんの告白も、“本当の私”を見てのことじゃなくて、“嘘の私”だけを見て決めたことかもしれない。
そう思ったら、自分だけじゃなくて彼の一生にも関わることだから、余計に頭を抱えてしまう。
「……だけど、こう悩むことすらも、誰にも必要ないことなのかも――」
独り言のように話し続け、右手におさまるロックグラスを見つめる。
無性に“自分”がバカみたいに思えて、グラスに力を込めると、残りを一気に煽った。
カラン、と氷がグラスの中を踊り終え、「もう一杯」と告げたあとにはまた静けさだけが戻ってくると思ったとき――。
「オールドパル。それで今日は最後」
私のオーダーを訂正した要は、「ふーっ」と息をついた。