絶滅危惧種『ヒト』
正午になって、直樹は食堂に向かった。


早くワクチンを作らなければならないのに、一向に作業が進まない。

やはり心のどこかで、国立感染症研究所がメインでやっているから……というのがあるのは否めなかった。


食堂に入ったところで、突然前を歩いていた看護師の女性がしゃがみこんだ。


「どうかしましたか?」


直樹は咄嗟に女性の背中に手を当ててしゃがみこむ。


「すみません」


看護師の女性が振り返って謝った。


「うぷっ、うぇええええええ」


次の瞬間。


その口から放たれた吐しゃ物が、直樹の顔を直撃する。

直樹はそのままバランスを崩し、後ろに倒れこんだ。


「きゃぁああああ」
「うわぁああああ」


突然の異臭に、食堂の中に悲鳴が上がる。


直樹は急いで立ち上がると、厨房の中に駆け込んでシンクで顔を洗った。


(まずい。まずい。まずい。まずい)


確実に今、口の中に彼女の吐しゃ物が入ったのだ。


――感染!


その言葉が頭の中に大きく浮かび上がり、直樹は気が狂ったようにうがいをする。

それでも一向に取り去れた気がしなかった。


ダメかもしれない……。伝染ってしまったかもしれない。


大騒ぎになっている食堂を見ながら、直樹は呆然とそのまま立ち尽くした。

< 104 / 223 >

この作品をシェア

pagetop