絶滅危惧種『ヒト』
結局夕方になるまでに、この日はこれ以上の発病者は現れず、井上も帰っていった。


直樹は聖人に電話をかける。


『もしもし』


数回の呼び出し音の後で、聖人が電話に出た。


「なぁ聖人」


『ん? どうかしたの?』


「実はなぁ……」


『何?』


「今日、うちの病院で多くの感染者が出てな」


『えっ!』


「その中の一人の吐しゃ物を、俺は浴びてしまったんだ」


『嘘!?』




「嘘じゃないんだ……」


『そんな……』


「それで、オマエらに伝染るといけないから、俺はもう家には帰らないから」


『そんな……』


「母さんのこと頼むな」


『ちょっと待ってくれよ! ワクチンはまだ出来ないのかよ?』


「それなんだが……ウイルスが不活化しなくてな」


『不活化?』


「ああ、要するに死なないってことだ」


『不活化しないと作れないの?』


「ああ、生きたまま作る生ワクチンは、厚労省が認可してないんだ」


『そんな……』


「だがなぁ聖人、俺は自分で生ワクチンを作って投与してみた」


『えっ、それって大丈夫なの?』


「分からん……。でも、何もしなければ、発病して死ぬのを待つだけだからな」


『兄ちゃん……』


「何かあったらまた電話するから、母さんのことを頼む」


『分かった』


直樹は電話を切った。

その目に、涙が滲んでいた。

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