絶滅危惧種『ヒト』
まさにそのタイミングで、井上の携帯電話が鳴る。


「もしもし井上です。え? あ、ああ、はい……。ええ、はい……。はい……。分かりました。すぐに戻ります」


井上は電話を切ると、一つ大きく息を吐いた。


「マスコミが大々的に取り上げてて、大騒ぎになっている。政府も隠せないと判断して、非常事態宣言を発令するらしい。俺は一旦戻るが、聖人のことを含め、何かことを起こしたときは、逐一報告してくれ。いいな?」


「ああ分かったよ」


井上は念を押すと、急ぎ足で部屋から出て行く。


「兄ちゃん。俺たちまだ発病しないのかな?」


井上がいなくなると、聖人が不安げに聞いた。


「分からない……」


直樹は首を振る。事実本当に分からないのだ。


「ねぇ直樹」


「何だ?」


話しかけた留美に直樹が応える。


「聖人くんもアナタも感染の可能性があるなら、お母様は大丈夫なの?」


「えっ……それは……」


そういえば井上が、光ヶ丘高校の生徒とその家族と言っていた。


藤田朋美の吐しゃ物の中にいた細菌が空気中に舞い、聖人の衣服に着いて自宅に運ばれていれば、母親にも感染の可能性はある。


「母さん大丈夫かな?」


聖人が心配そうな顔をした。


「あの……じゃあ、うちの家族もヤバいんでしょうか?」


梓も不安げに聞く。


「ああ、その可能性はあるよ」


直樹は不安げな顔をする弟の彼女を痛々しく思った。

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