絶滅危惧種『ヒト』
真昼間の職場だということなど、いつの間にか直樹の頭の片隅から消えてしまっている。


留美の唇を求めるのが荒々しくなっていく。


「んぐぅ」


目を閉じ、自分の世界の中にいた直樹の耳に、変なモノが聞こえた。


驚いて顔を離すと、留美が目を見開いている。


「る……」



「うぐぅ」



次の瞬間。



「うげぇええええええええ」


留美の口から悪臭を放ちながら噴出した吐しゃ物が、直樹の顔を汚す。


「うわぁああああ」


直樹はそのまま後ろに仰け反り、座っていた椅子から転がり落ちた。


「る、る、留美ぃいいいい」


顔を拭いながら愛しい彼女の名を呼ぶ。


しかし、留美は仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かなかった。


「留美、留美、留美ぃいいいい」


直樹は目を見開いたまま動かない留美の身体を揺すって大声で叫び続ける。


なぜなのか分からなかった。すべての発端は、南極から帰ってきた小林孝明が持ち込んだモノのはずなのだ。


確かに新幹線で発病した患者がいたから、新幹線の停車駅の岡山にいた留美が感染する可能性はゼロではないが、自分より先に発病したのが分からない。


なぜなのか?


頭の中がゴチャゴチャで、全く冷静に考えることも出来ないまま、直樹はいつまでも留美の身体を揺すっていた。


「兄ちゃん!」


梓の家族を迎えに行っていた聖人が帰ってきたと同時に、兄の異常に気がついて叫ぶ。


聖人に身体を掴まれて名前を呼ばれ、ようやく直樹は我に返った。

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