絶滅危惧種『ヒト』
感染症学科の前まで来ると、梓の家族は廊下に出ていた。


「どうしたの栞?」


「うん。中は臭いからさぁ」


栞が眉を曲げる。


確かに聖人のお兄さんの前では言い出せる空気ではないけど、感染者の吐き出す吐しゃ物は、釣られて吐きそうになるほど臭いのである。


「もしかして、梓ちゃんのご家族の方たち?」


綾乃が梓に聞いた。


「はい。両親と妹です」


梓が紹介するのに合わせて、みんな会釈をする。



「いつもうちの息子が大変お世話になっているようで、本当に有り難うございます」


「あっ、い、いえ……こちらこそ娘がお世話になっております」


綾乃に丁寧な挨拶をされたから、彰洋は慌てて頭を下げた。


「あの息子は?」


綾乃がドアの方に視線を向けながら聞く。


「ええ、中に……」


「じゃあちょっと失礼します」


綾乃は会釈をしてから、感染症学科の部屋の中に入った。


中には、倒れた若い女性の前でうな垂れている長男と、その後ろに立っている次男の姿。


「母さん」


次男が振り向いて呼びかけてきたが、綾乃は微笑んだだけで、まっすぐ長男のもとに向かう。


「何をやっているの直樹。大事なお嬢さんをいつまでもこんなところに寝かせたままで」


綾乃はそう言いながら、仰向けに倒れている留美の前にしゃがみこむと、バックからハンカチを取り出して、汚れている留美の顔を綺麗に拭いてやった。
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