絶滅危惧種『ヒト』
結局良い案もないまま、全員に生ワクチンを投与することにした。


これが本当に効果があるのかなんて分からないけど、情けないことに他に良い案が思いつかないのだ。


留美の死に直面して、直樹は冷静に考えることが出来なくなっているし、

正直なところ、留美が死んでしまった今となっては、世界がどうなっても関係ない。

滅んでしまっても構わないんじゃないのかとさえ思っていた。


留美が死んでしまう前の直樹だったら、発病に備え、必死で色々と手を尽くそうとしただろう。


でも、今の直樹にとっては、もう全てがどうでもいいことだった。


結局、全員に生ワクチンを投与すると、そのまま経過観察をすることなく、自宅に帰らせたのである。


聖人も綾乃も、正直納得出来なかったけれど、直樹の気持ちを汲んで、それを受け入れた。



「ねぇ梓ちゃん」


「はい」


「みんなで昼食をご一緒しない?」


病院を出ると綾乃が声をかける。


「え、ええ」


梓はすぐに両親の顔を伺った。


「もしかしたら、もう死んじゃうかもしれないんだし、最期の晩餐を楽しみましょうよ」


綾乃が微笑む。


「そうですね。そうしましょうか」


それに対して、彰洋が答えた。


テレビニュースの映像を見ただけのときは、どこか人事のように思っていたけど、

実際に感染死者を目の当たりにして、これはもはや現実なのだと思い知らされたのである。


だからといって、今更ジタバタしたところで、感染死した女性とアレだけ近い距離にいたのだから、

自分が感染している可能性は高く、投与してもらったワクチンに効果がなければ、数日後に死んでしまうのだ。


最期の晩餐……。後何回食事が出来るのか分からないが、どうせ助からないのなら、せめて死ぬ前に美味い物が食べたい。

彰洋はそう思った。
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