絶滅危惧種『ヒト』
「とにかく一度下に降りよう」



かなりの時間を経て聖人が綾乃に声をかける。


愛する息子を目の前で亡くしたショックから覚めぬまま、綾乃は頷いた。


このままここで泣き続けていても、事態は何も好転しない。


それは分かっていても、なかなか気持ちを切り替えることなど出来なかった。


そんな綾乃にとって、心の拠り所となっているのが、梓である。


梓の為に、このままここで泣き続けている訳には行かないと思ったのだ。


「お母様大丈夫ですか?」


梓が肩を抱えて起こしてくれる。それが嬉しかった。



重い足取りで三人は一階を目指す。


「なぁ、ストレッチャーってどこにあるのかな?」



「え?」


「兄ちゃんをそのままにしとけないだろ?」


「ああ、そうね」


梓は聖人の言いたいことを理解して頷いた。


三人はストレッチャーを探して見つけると、それを持って一階に下りる。


直樹が転落した辺りに近づくと、聖人は母にその場で待機するように言った。


転落死をしているのだから、遺体は無傷ではあるまい。

それを母に見せたくなかったのだ。


もっとも聖人だって見たくはないないけれど……。


聖人は梓を伴って兄の側まで行くと、梓に目をつぶるように指示した。


梓だって見たくないだろうと思ったのだ。


そして梓はそれに従った。


「いいか梓、そこにしゃがんで」


「うん。ここ」


「そう。これが兄ちゃんの足だから」


聖人はそう言って梓に触らせると、すぐに横にストレッチャーを置き、兄の上半身を抱える。


また涙が溢れてきた。
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