絶滅危惧種『ヒト』
それは梓にとって、生まれて初めての不思議な感覚だった。


息が苦しくて、ドキドキと動悸を打つ。

そのくせもの凄い勢いで、頭の中を色んな景色が流れていくのだ。


――これはいったい何?



『お姉ちゃん?』


栞の声が遠くに聞こえる。


――何だろうこれ? 何? 何?


「あっ……」



「どうした梓?」


梓の様子がおかしいのに気がついた聖人が声をかける。



「聖人、お母様!」



「な、何だ?」
「えっ、梓ちゃん何?」


二人が驚いて梓を見る。


「もしかしてお母様は、南極の氷を口にしました?」


「え?」


突然の質問だったから、綾乃は一瞬言葉に詰まった。


「聖人、お兄様はどう?」


「飲んだ……。あの日兄ちゃんと井上さんが家にいて、二人に氷をあげたら、ウイスキーに入れて飲んでた」


「私も井上くんに勧められて飲んだわ」


綾乃も答える。


「氷か!」


聖人が叫んだ。


「そうよ。私の家族もみんな生きてる」


「でも、叔父さんは? 俺もちょっと前に、もしかしたら氷かもって思ったけど、最初の犠牲者が南極帰りの叔父さんだったから、違うと思ってた」


「何で?」


「だって、南極観測隊員の叔父さんが、氷を口にしてないわけがないと思って」


「ううん。タカ叔父ちゃんは、ビール党で洋酒や日本酒は飲まないから、氷はいらないって言ってた」


「な……」


「間違いないよ聖人。氷だよ!」


梓は確信を持って答えた。

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