push
 

 その時私が彼に返した言葉に、彼は当たり前だよな、と言うように、『そうだよな』と少し苦笑いを含んだ声で言ったけれど、何か様子がおかしくて少しだけ気にかかりつつも電話をきった。


 けど、当たり前なんてなかった。
 当たり前なんて、こなかった。


 彼が待ち合わせ場所に現れることはなく、何度も掛けた電話が漸く繋がったとき、受話器越しに聞こえた声は彼とは違う男の声だった。


『このケータイの持ち主の知り合いの方ですか』


 胸がざわざわとした。電話越し、後ろの方で慌ただしい足音とガラガラと何かを運ぶ音が聞こえる。


『私は稲佐病院の、』


 近くの、病院の、名前。

 耳に押し付けたケータイから色んな状況を話されたけれどどれも現実味が起きずに右から左へと抜けていった。

 彼が、病院に運ばれたらしい。

 一番簡単にその答えが見えたとき、なんとなく数時間前の彼との電話の最後を思い出しながら、私の足はその病院へと向かっていた。






   『本当は今すぐ会いたい』






 絞り出されたその声に含まれた、貴方の愛は届いたけれど、届かない。

 今はもう、届かない。

 機械越しのその声に、私は貴方の夢をみる。






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10'07'18

 
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