Moon_and_sun
「そうなの…いや、そうじゃなくて、高瀬くん…」

「…消すの、失敗してた」

「え、失敗って…でも…?」

「うん、中途半端に覚えてるみたいで…でも多分問題ない」

表情の読めない真っ暗な目が綾を見つめる。
何も理解していない目が見上げてきて、高瀬はため息をつくと、首を傾げる綾の頭をくしゃりと撫でた。

「なに?」

「…ガキがあんな時間にうろうろしてるから襲われるんだ」

「なっ、ガキじゃないもん!」

高瀬の言葉に綾は拗ねたように頬を膨らませる。

「ガキだろ。ぴーぴー泣いてたクセに」

「う…だって、それは…!」

高瀬から目を逸らすように俯いて小さな声で呟く。
華奢な手がきゅ、と握りしめられる。

「…高瀬さんが助けてくれたから、安心したんだよ…」

心なしか赤く見える小さな耳に、少し意外そうな顔をして高瀬はもう一度綾の頭を撫でた。
そんな二人を黙って見ていた美波が綾の手を取る。

「良かった、思ったより元気みたいね」

「うん、ごめんね。恐かったけど、もう大丈夫」

「でも今から帰すのは心配だから今日は泊まっていきなさい」

「え…いいの?」

笑って頷いた美波に、綾はもう一度抱き付く。

「やった、美波さん大好き!」



***



「…それで?失敗したってどういうこと?」

綾が寝付いた後、美波は寝ていた高瀬を起こした。

「ちょっと、真面目な話してるの。起きて」

「…、…」

「…夜行性なんじゃないの?」

低く唸った後、眠そうに欠伸をしながら体を起こした高瀬は不機嫌に美波を見る。

「…昼間起きてたから眠い」

「あ、そう。それで?」

「……。記憶、消し損ねたみたいだ…」

一部だから問題ない、と再び欠伸をしながら付け足すが、美波は表情を固くする。

「消し損ねたって…なんでそれがわかったの?」

「街で偶然会って…声かけた。そしたら俺のこと覚えてた」

「高瀬くんから?」

意外そうな美波に高瀬は自嘲してみせる。
自ら墓穴を掘るような真似をしたことを今更ながら自覚した。
でも何故か、大丈夫だと根拠のない確信を抱いている。

「さっきも見てわかっただろうけど、俺を恐がらない。つまり、」

「肝心な部分はちゃんと忘れてるってこと…?」

言葉を繋いだ美波に高瀬は頷いてみせる。
それでも納得できないのか、美波の表情は固いままだった。
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