Moon_and_sun
「高瀬さーん」
「ん?またお前か…」
最近よく聞く声に振り返ると、嬉しそうに笑う綾がいた。
目が合うと軽く頭を下げる。
「この間はありがとうございました」
「ああ、今度から気を付けろよ」
はい、と頷いた綾は高瀬をまじまじと見上げる。
何かと視線で促せば、綾は少し考えた後、緊張したような表情で高瀬と視線を合わせた。
「どうした?」
「いえ…あの、聞きたいことがあって…」
「なに?」
言葉を濁す綾に首を傾げながら問えば遠慮がちに、変なこと聞くけどと切り出した。
「あの、ね…最近流行ってる都市伝説、知ってますか?」
「都市伝説…?」
「うん…吸血鬼がいるって話」
一瞬の間を置いて、高瀬は笑い始める。
そんな高瀬の反応に、綾は呆気にとられてしまう。
「な、何で笑うのっ?」
「…お前、それでカマ掛けてるつもりか?」
楽しそうに笑って、高瀬は探るように綾を見る。
一瞬だけ、真っ黒な瞳が赤く光ったように見えて、綾は肩を震わせる。
「…思い出したんだろ、全部」
決して人通りが少なくない街中、呟くように言われた言葉は雑音に紛れることなく、鼓膜に直接流し込まれるようにはっきりと綾の耳に届いた。
目を合わせたまま逸らすこともできずに綾は高瀬を見つめる。
「あなたは、なに…?」
「…夜、美波さんのところにおいで。全部話してやる」
それだけ言うと、何事もなかったように高瀬は踵を返すと雑踏の中へと姿を消した。
***
「さて、どうするかな…もう一回忘れてみる?」
言われた通り美波のマンションに向かうと、待っていた高瀬に開口一番にそう言われた。
美波は不機嫌顔で黙ったまま高瀬を見ていた。
「…嫌」
小さく震える手を握りしめて、綾は高瀬を、隠すこともなく向けられる赤い瞳を、逸らすことなく真っ直ぐに見つめる。
「私、高瀬さんのこと忘れたくない」
「…」
「思い出したとき、すごく怖かった…でも、」
鋭い牙と赤い瞳、血を貪られ冷えていく身体。
全て思い出したときは、怖くて震えが止まらなかった。
「でも…高瀬さんは私を助けてくれたから」
暗い夜道で、震える手を握り返してくれた手はひどく優しかったから。
「私…高瀬さんのこと忘れたくない、もっと知りたい…っ」
知らないうちに、綾の頬を涙が伝い落ちる。
泣き出してしまった綾に高瀬は困ったように手を伸ばす。
冷たい指が綾の頬を滑り、涙を拭う。
「…だってさ?」
「…仕方ないわね」
「え…?」
美波は困ったように笑って、大きく息をついた。
綾は首を傾げながら、高瀬と美波を交互に見る。
「記憶は消さない。…ていうか消せない」
「なんで…どういうこと…?」
「時々いるんだよ、記憶操作が効かない奴が」
状況が飲み込めていない綾に、高瀬は苦笑する。
瞬きの拍子に零れ落ちた涙を指で掬い取る。
「だから、周りに黙っといてくれたらそれでいいってこと」
「…忘れなくて、いいの…?」
涙の跡が残る暖かい頬を掌で拭って、高瀬は頷く。
「…また、高瀬さんに会える?」
高瀬の返事に、また泣きそうに涙を溜めながら、綾は嬉しそうに笑った。
「ん?またお前か…」
最近よく聞く声に振り返ると、嬉しそうに笑う綾がいた。
目が合うと軽く頭を下げる。
「この間はありがとうございました」
「ああ、今度から気を付けろよ」
はい、と頷いた綾は高瀬をまじまじと見上げる。
何かと視線で促せば、綾は少し考えた後、緊張したような表情で高瀬と視線を合わせた。
「どうした?」
「いえ…あの、聞きたいことがあって…」
「なに?」
言葉を濁す綾に首を傾げながら問えば遠慮がちに、変なこと聞くけどと切り出した。
「あの、ね…最近流行ってる都市伝説、知ってますか?」
「都市伝説…?」
「うん…吸血鬼がいるって話」
一瞬の間を置いて、高瀬は笑い始める。
そんな高瀬の反応に、綾は呆気にとられてしまう。
「な、何で笑うのっ?」
「…お前、それでカマ掛けてるつもりか?」
楽しそうに笑って、高瀬は探るように綾を見る。
一瞬だけ、真っ黒な瞳が赤く光ったように見えて、綾は肩を震わせる。
「…思い出したんだろ、全部」
決して人通りが少なくない街中、呟くように言われた言葉は雑音に紛れることなく、鼓膜に直接流し込まれるようにはっきりと綾の耳に届いた。
目を合わせたまま逸らすこともできずに綾は高瀬を見つめる。
「あなたは、なに…?」
「…夜、美波さんのところにおいで。全部話してやる」
それだけ言うと、何事もなかったように高瀬は踵を返すと雑踏の中へと姿を消した。
***
「さて、どうするかな…もう一回忘れてみる?」
言われた通り美波のマンションに向かうと、待っていた高瀬に開口一番にそう言われた。
美波は不機嫌顔で黙ったまま高瀬を見ていた。
「…嫌」
小さく震える手を握りしめて、綾は高瀬を、隠すこともなく向けられる赤い瞳を、逸らすことなく真っ直ぐに見つめる。
「私、高瀬さんのこと忘れたくない」
「…」
「思い出したとき、すごく怖かった…でも、」
鋭い牙と赤い瞳、血を貪られ冷えていく身体。
全て思い出したときは、怖くて震えが止まらなかった。
「でも…高瀬さんは私を助けてくれたから」
暗い夜道で、震える手を握り返してくれた手はひどく優しかったから。
「私…高瀬さんのこと忘れたくない、もっと知りたい…っ」
知らないうちに、綾の頬を涙が伝い落ちる。
泣き出してしまった綾に高瀬は困ったように手を伸ばす。
冷たい指が綾の頬を滑り、涙を拭う。
「…だってさ?」
「…仕方ないわね」
「え…?」
美波は困ったように笑って、大きく息をついた。
綾は首を傾げながら、高瀬と美波を交互に見る。
「記憶は消さない。…ていうか消せない」
「なんで…どういうこと…?」
「時々いるんだよ、記憶操作が効かない奴が」
状況が飲み込めていない綾に、高瀬は苦笑する。
瞬きの拍子に零れ落ちた涙を指で掬い取る。
「だから、周りに黙っといてくれたらそれでいいってこと」
「…忘れなくて、いいの…?」
涙の跡が残る暖かい頬を掌で拭って、高瀬は頷く。
「…また、高瀬さんに会える?」
高瀬の返事に、また泣きそうに涙を溜めながら、綾は嬉しそうに笑った。