【短編】僕と勇者さん
ケイはバカだと思った。僕が痛みを感じたのは、お前が見た夢だけだろうに。普段痛みを感じるのは、前に出て戦うケイだと言うのに。僕は、後ろの方で魔法を唱えるだけなのに。
しかし、それは言えなかった。あまりにも真剣な彼の表情に、僕は呆気にとられた。それでも、僕の手は彼の手に伸びる。彼の手は、たくましい。だから、力は強いけれど、それを細い指でどうにか広げる。
「よし、血は出てないな。」
そのまま手を離して、僕はケイの頭を軽く叩いた。
「痛ッ。」
「自分から痛みを味わいに行くバカがいるか。」
お前はドMか。
「俺はSだ!」
もう何を言う気力も沸いてこない。まさかのそう来たか。否定するだけだと思ったのに。
「お前がSだったら、俺はドSかよ。」
「話をそらすな!」
そんなことを言われても、ケイがそんなことをしだすような話に、戻るわけがない。
「わーったわーった。魔力が尽きても戦えるように、弓でも習いますかね。」
もう僕の無罪も証明され、これ以上、悲しそうな顔を見たくないため立ち上がろうとする。
しかし、立ち上がれなかった。
「……なんだ、ケイ。」
いきなり背中から抱きつかれた。その力は、勇者なんだから痛い。耐えられないくらいの痛みではなく、しかし、別の感情が耐えられない。
「ユリアに消えてほしくない。魔力が尽きても、だなんて考えんな。お前は無理しなくていい。俺を頼れ。俺は、勇者なんだから。」
勇者なんだから。口の中で繰り返す。
「……僕が無理しなかったら、勇者さんの側にいる意味がないんだけど。」
勇者という肩書き故、違う人間とパーティを組もうと思えばいくらでも組める。その人間はもちろん、僕よりも強い人がいるだろうし、こんな感情なんて抱くことがないだろう。彼が望みさえすれば、女性ばかりで組むことだって出来る。
「無理に、僕とパーティを組む必要性なんてない。」
恋愛だって、勇者としての仕事を全うしながらすることが出来る。僕とじゃ出来ないコトを、することができる。
「君が夢に見てしまうくらい、僕の魔力は少ないのだろうから。」
それはとても悔しいことだが、彼が望むことは逆らえない。
勇者とはこの世界を救う存在であり、僕らの未来はすべて彼にかかっている。そんな未来を、僕1人の意思で壊すことは許されない。
「人に抱き締められときながら、何を言ってんだよ。」
「何を言おうが、僕の勝手だろう?離せばいい話だ。」
辛辣な言葉ばかりを選び、遠ざからせる。好きだと考えていた夜から、そんなにたっていないはずなのに。
「そもそも僕は……ッ。」
それでも、僕はやけに必死に、ケイを傷つけることを言おうした。
「うるさい。」
しかしすぐに、彼らしき手が僕の視界をなくす。目潰しとかではなく、優しく隠す形で。そして、抵抗すらする暇もなく、リップ音が聞こえた。その音源は、おそらく僕の口と、
「……お前ッ、なにして!」
「いや、俺の口でお前の口をふさいだまでだ。」
「そこが問題なんだよ。」
彼の口のようだ。
頭が混乱して、頭をかきあげる。
今まで僕が悩んでいたことが、すべて崩れていく。そもそも、抱き締めてきたところからおかしかったのだ。いや、考えてみれば昨日からおかしかったのか?
「お前、俺のこと好きなんじゃなかったのか?」
「そんなこと、多分お前くらいの勇者さんじゃないと正面切って言えないと思う。」
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