お熱いのがお好き?


「ああ…鹿さんいるの。すごいねえ…」


麻紀は、引きつり笑いを浮かべた。
窓に近寄りたくなかった。


さっきこの部屋に入るまで、迂闊にも自分の『高所恐怖症』を忘れていた。


しかも、せっかくタワーホテルなのだからと追加料金を支払って、高層階にグレードアップすらしていたのだった。


遠くの山を見るので、精一杯だった。


下の地面にいる鹿など見たら、めまいを起こして倒れてしまう。


「あ、ああ……ママはあとで見るよ…」


麻紀の言葉に、子供たちはポカンとする。



それよりも、麻紀は腹を立てていた。


四基あるエレベーターが、えらくノロい。


繁忙期のホテルのエレベーターの前では、行列が出来ていて、やっと乗れたと思ったら、すし詰めのぎゅうぎゅう詰め。


麻紀は、閉まりかけの箱に強引に乗り込んで来たベビーカーにサンダルの親指を轢かれた。


ぎゃっ!と悲鳴を上げたのに、知らん顔で謝りもしない若い母親。


着くなり不愉快だった。


これは明らかにホテル側の不手際が招いた事態だ。


遅いエレベーターしか設置出来ないのなら、こんなタワーホテルなんぞ建てるんじゃないと言いたかった。


もしくは、旅行パンフレットにちゃんと「エレベーターノロいです。」と表記しておけ、と。




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