おかしな二人


あたしはフォークを手にし、期待を込めてひと口頬張る。
なめらかなクリームの口当たりと、ふわふわのスポンジ。
クリームの甘さを殺すことなく存在する様々なフルーツが、とてもジューシーだった。

「本当だぁ。美味しい」

口の中に広がる甘みに、さっきまで曇っていた表情が自然と明るくなっていった。

「年中、そういう顔しとれ」
「え?」

口の中にまだあるケーキに頬を膨らませていると、水上さんが静かに呟いた。

「明は、あれこれ考えんでもええんや。今目の前にある現実だけしっかり見て生きとればそれでええんや。借金はエライ大変やろうけど、俺んところで地道に働いて、徐々に返していけばええ。そしたら俺が、時々息抜きに旨いメシ食わして、酒飲ましたる。明は、楽しいと思うことに声を上げて笑えばええ」
「英嗣」

まるで、愛人を囲っている男のセリフだね、なんてふざけた事は言わない。
だって、心に直球で届いたから。
英嗣の優しさが、真っ直ぐ届いたから。

「ありがと」

あたしは、英嗣と同じように照れ隠しにケーキを大きな口で頬張った。

この日から、あたしの心の中でも、彼の名前は“水上さん”から“英嗣”へと変化した。
身近な存在へと、また一歩近づいた気がした。


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