ボレロ - 第三楽章 -


「では次だ。須藤社長の入院の情報をマスコミに流したのはなぜだ。

わざわざ公表せずともいつかはわかることなのに、いまでなければならない

理由でも?」


「珠貴さんは、彼女の言動に惑わされ、追い詰められていたのではありませんか」


「うん、自分を責めるような言動がありかなり参っていたよ。君も知っていたのか」


「近衛本社内で副社長退陣の噂があると、浅見さんが珠貴さんへ伝えたようだと 

浜尾さんが顔をしかめていました。 

副社長に関する噂がないわけではありませんが、気にするほどではありません。 

それを大げさに仕立て、珠貴さんの耳に入れた。これは意図的です。

浅見さんの動きが大胆になってきたので、彼女へ関心を向けさせ、身動きがとれな

いように画策しました」


「浅見君の動きを封じるために? マスコミの取材を受けるのは知弘さんだ。 

今回はたまたま彼女へ関心が向いたが、そうなるとは限らないだろう」


「社長代理の専務のそばには、常に浅見秘書がいます。記者やリポーターの記憶

にも残ります。

さきほど副社長もおっしゃったように、彼女の存在は目を引きます。

ですから、さらに彼女へ目が向くように操作しました。浅見秘書の経歴を雑誌社に

提供したのは私です。

浅見さんは、自分が注目されるのを何よりも恐れていましたから、今回の件であわ

てたはずです。焦りも生じたでしょう」



浅見君が事件の首謀者なら、自分の存在を極力隠そうとするはずだ。

それが、突然公の目にさらされ注目されることになったのだから、堂本が言うよ

うに、さぞや慌てたことだろう。

浅見君へ注意を向けるための手段として、須藤社長の入院を記事にさせ、

専務に取材が集中するのを見越し、浅見君の存在を表に引っ張り出した。

堂本の組み立てた計画の見事さにはうなるばかりだ。



「では、なぜ彼女にウソを信じ込ませた。君の失敗から情報が漏れたと告げる必要

はなかったのではないか?

あんな作り話をしなくても、君が流した記事によって浅見君の動きは封じられた

はずだが」


「私への警戒を弱めるためです。浅見さんに、堂本はミスをする男だと思わせた方

が先々動きやすくなります」


「浅見君は君を警戒していたのか」


「おそらく警戒していたでしょう……私たちは同じ立場ですから、協力もしますが

牽制もしていました。 

互いに気になる相手であることは間違いありません」



相手を油断させるための芝居だったとは……

それも、私が気づくようにウソを織り込み、それでいて浅見君には信じ込ませた。

話の端々に組み込まれたウソも、浅見くんを惑わせるためだと言う。



「思い込みというのは簡単には払拭されません。

私が失敗を告白したことで、堂本という男には隙がある、たいしたことはないと彼女

の脳に刷り込まれ、私への警戒は和らいだでしょう。

それと同じように、副社長がアルコールに弱いとは、よもや思わないはずです。 

強い酒も飲める人だと認識したはずですから」


「あぁ、だから俺に酒を勧めたのか」


「はい、副社長が酒をたしなまれないことを、彼女は知っているのではないかと

思いましたが……」


「知らなかったようだな。珠貴は、俺がグイグイ飲むのを見てびっくりしてたぞ。 

いつ倒れるか気が気でなかったはずだ。

だから、珠貴が俺を心配して酒を止める恐れもあった。そうなると浅見君にも知ら

れてしまっただろう。 

まぁ、今回は上手くいったが」


「いいえ、珠貴さんは賢い方です。副社長の秘密は口になさいません。 

それに、男は酒に強いと思わせておいたほうが何かと有利ですから」



珠貴の性格を見抜いたうえで策を練り実行に移した。

堂本は事業戦略に長けていると知弘さんが言っていた。 

いずれ 『SUDO』 に戻って、知弘さんの片腕として活躍することになるのだろう。
 
彼が片腕として私のそばにいたならば……

手放すのが惜しいと思えてきた。 


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