ボレロ - 第三楽章 -


この頃の私は自宅マンションへ帰ることはほとんどなく、ホテルの部屋で

過ごす日が続いている。

ホテル住まいは快適で、このまま住み続けてもいいとさえ思うが、何もかも整いす

ぎる環境にいると無性に人のぬくもりが欲しくなる時がある。

今夜もそんな思いが体に漂っていた。


堂本の予想通り、ホテルのロビーに浅見君の姿があった。

先ほどと雰囲気が違うのは髪のせいだろうか。

結われていたはずの髪は背中を伝い、ロビーの柔らかな照明に照らされ艶やかな

輝きを放っていた。

わざと驚いた顔で、どうしたのかと聞くと、ここでは……と暗に他の場所で話した

いと告げられた。

堂本の言葉を思い出し密かに苦笑した。

部屋に来てもらって話を聞くべきだろうが今日はもう遅い、女性に失礼だろうか

らと常識的な返事をした。


ラウンジで話を聞こうと誘い、ロビー奥の席に腰を下ろして浅見君の話を聞いたの

だが、先ほどはありがとうございました、楽しい時間でしたと礼が述べられ、

堂本さんのお話に驚きましたが、彼の気持ちはよくわかります、といったことが

続き、これといって重要な話はなかった。

ホテルに私を訪ねたのは、やはり、私と堂本の動向を探る目的だったのかと思わ

れた。

遅くに失礼いたしましたと頭を下げて帰る浅見君の背中を見送りながら、肩に

なびく髪の艶が目にこびりつき、胸の奥のなんとも表現しがたい熱が燻り始めた。

堂本の忠告がなければ、彼女を部屋に通し、誘惑や激情に負けていたかもしれ

ない。

部屋に通すなと言った堂本は、私のこんな感情まで見越して釘をさしたのだろ

うか。

どこまで人の心を見通すつもりなのか、恐ろしい男だと、わが身の揺れた心を棚に

上げながら、ぶつぶつとひとり言を言いながら部屋へ向かった。


ドアを開けた瞬間足が止まった。

部屋に灯りがついているのはなぜだ……

用心しながら足を進めると、ソファに見覚えある後姿の人物が座っていた。

ゆっくり立ち上がり、極上の笑みを見せる。



「おかえりなさい」



待っていたのよと言いながら近づいてきた。

抱きしめられた腕から、彼女のぬくもりが伝わってくる。



「ここにきていいのか 今夜は……帰るつもり?」


「うぅん……明日の朝、送ってくださるわね」



久しく触れていない唇に指を這わせ、柔らかな感触を確かめる。

宗……と呼ぶ甘えた声に、胸の奥の燻っていた熱が大きくなった。


堂本のヤツ、珠貴が部屋に待っているかもしれないと予想していたのか。

まったく、どこまでも食えないヤツだ。


頭の切れる秘書の顔が浮かんだが、すぐに消えた。

珠貴の熱も私に負けないほど上昇している。

唇は触れたま、ヒートした体をたどり素肌へ手をのばした。

この熱は朝までに鎮まるのだろうか。

もろもろの雑事に追われていたことなど忘れ、ただひたすらに湧き上がる感情に

従った。



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