ボレロ - 第三楽章 -
闇の中に見える家具の輪郭を眺めながら、ふたたび疑問をたぐっていく。
クールダウンの一服のあと、宗と堂本さんのあいだで交わされた話を聞いた。
「彼には守りたい人がいるようだ。その人の顔を曇らせないためにも、相手を許せ
ないと言っていたよ」 との堂本さんの告白のくだりは、私に驚きをもたらした。
堂本さんにそんな人がいたなんて……
その人が誰なのか、宗にはまったく見当もつかなかったそうだが、私はある女性を
思い浮かべていた。
話を聞きながら、二人の間に信頼が築かれていると感じた。
宗は堂本さんを信じようと決めたようだ。
堂本さんは浅見さんを疑っている。
疑っているというより、ほぼ確定だろうと告げる宗も、相手を浅見さんに絞り込ん
だと言う。
堂本さんが画策して流した記事により浅見さんの動きが封じ込まれたと聞き、それ
まで彼女に抱いていた
信頼が徐々に崩れていった。
浅見さんが首謀者だとして、彼女にどんな得があるのだろうか。
それとも誰かを陥れるための手段なのか。
見えそうで見えない 「目的」 を必死に探る。
「何を考えている」
「彼女は……得をするのかしら。それとも、誰かの損を望んでいるのかしら」
寝ていると思っていた人の背中からの突然の声に、目覚めの挨拶もせず聞かれた
ことに答えると、感心するような返事があった。
「誰かが損をするとは考えなかったな。自分が得をするために何かを仕組むのが
普通だろう」
「浅見さんは、誰かを陥れようとしているのかも」
「そうなると、陥れる相手は間違いなく俺だな」
「そうとも言い切れないでしょう? だって、それなら私や 『SUDO』 を巻き
込む必要はないもの」
「珠貴の考えは?」
「断定はできないけれど……」
「それでもいい、聞かせてくれないか」
背中から回された手は私の腹部におかれていた。
ゆるやかに肌をつたいながら、私の答えを待っている。
「宗の評価が落ちたら、困ったり嘆くのは誰かしら」
「それは……両親と……俺の近くにいる人物だろう。俺が失脚したら周囲も巻き
込まれる」
「私や 『SUDO』 の評価が落ちたら……ウチの社員は全員困るでしょうね。
もちろん家族も……それでは」
「それでは?」
「双方の信用の失墜や損失で、痛手を負うのは誰かと考えたの」
「誰がいる?」
「まず浮かんだのは知弘さん。でも、知弘さんが近衛に深いつながりがあると
知る人は少ないわ。
知弘さんを陥れるなら、私たちを巻き込むような回りくどいことは必要ない
でしょう。
では誰か……ほかに考えられるのは……あぁ、わからないわ。私の推理も限界」
宗の手が腹部からせり上がり胸へと達した。
乳房を柔らかく包み込みながら、着目点はいいと思うけどねと褒めてくれた。
掴めそうでつかめないもどかしさと、柔らかな刺激による快感が入り混じる。
「彼が……」
「うん?」
「堂本さんが大事に想う人……静夏ちゃんじゃないかしら」
「堂本が静夏を?」
「向こうで何度も会っているはずよ。親しくなったとしても不思議ではないわ」
「うん……だが、静夏は知弘さんと……」
「だから、堂本さんはその人の名前を口にしないのだとしたら?」
「筋は通るな。いまさら言うわけにはいかないだろう」
「堂本さん、静夏ちゃんの幸せを守るために……」
「静夏だと決まったわけじゃない。そのうちわかるだろう」
宗と過ごした朝の会話は、その後の解決の糸口へとつながっていくのだった。