ボレロ - 第三楽章 -


浅見さんが取りざたされ、マスコミが彼女を追いかけるため本社玄関前にくる

ようになっていた。

記者たちを避けるように車から降り玄関へと入った私に 「のちほど、少々

お時間をいただけないでしょうか……」 と悲痛な面持ちの浅見さんが声をかけて

きた。

彼女の話は大方予想がついていた。

「わかったわ。ミーティングのあとで……」 と返事をして一緒に専務室に向

かった。

行き会う社員の目は私より浅見さんに向けられ、通り過ぎると背後からヒソヒソと

声が聞こえてきた。

かつて私が噂されたように、今は彼女が噂の中にいる。

エレベータに乗り込むと、浅見さんの口から小さなため息が漏れた。

人目にさらされかなり参っているのだろう。

”あなたが私にしたことは、そういうことなのよ” と言いたいのを飲み込み、

同情の言葉を選んだ。



「大変なことになったわね。力になれることがあったら、なんでも言ってくださいね」


「ありがとうございます……副社長にもご迷惑をおかけしてしまいました。私が

もっと気をつけていれば……」 


「気をつけても彼らは追いかけてくるわ。浅見さんはなんといっても専務の片腕

ですもの、彼らも注目したのよ」


「そのような……」



いまさらご迷惑をおかけしましたなどと、よくも言えたものだと苦々しい思いが

胸にこみ上げ、嫌味な言葉が

つい出てきた。

どんな相談事があったのか知らないが、深夜近く恋人でもない男性に会いに行く

など常識はずれなのだ。

身を慎んだ方がいいわねと、余計な事を口にしそうになり口元を手で押さえた私

へ、浅見さんが思いもしない事態を告げてきた。



「副社長がお悩みのご様子でしたので気になりまして、失礼かと思いながらホテル

へ伺いました」


「悩んでいる? 彼が?」


「はい、部屋で話そうとおっしゃいましたが、遅い時刻でしたので、ではラウンジで

とお伝えしたのですが、まさか、そこを撮影されるとは思いませんでした」



宗が浅見さんを部屋に誘ったというの?

そういえば彼は 「彼女を部屋に通さなくて良かった。誤解を招くところだった」 

と言っていた。

まさか、彼が誘ったとは……


どんなお話だったのか、お聞きしてもよろしいかしら、と震えそうになる声を

抑えながら尋ねた。



「のちほどお話しするつもりでしたが……あの、副社長のお話というのは室長の

ことでして、彼女の気持ちが見えなくなった。不安があるようだ、何かに追い詰め

られているようだと……」



えっ……

なぜ浅見さんに、そんな話をしなければならないの?
 
宗の言葉を信じていた心が大きく揺れた。



「いろんなことがございましたから、不安になられたのでしょうとお伝えしたし

ました。副社長が、少し距離を置いたほうがいいだろうかと私へ意見を求められま

したので、そうですねとお伝えしたのですが……」



彼が私との間に距離を置きたいと言ったと?

では、部屋で私を迎えてくれたあの笑みは偽りだったと言うのか。

熱にうかされたように私を抱いた腕は……

次々に襲ってくる疑問符に頭の中をかき回されていたが、次の浅見さんのひと言

に、すべての思考が停止した。 



「しばらくお話をいたしましたが、遅くなったねとおっしゃって、副社長が自宅

まで送ってくださいました。

もしかしたら、車に乗り込んだ様子も撮られたかもしれません。申し訳ありま

せんでした」


彼女はウソを言っている。

しおらしく頭を下げる浅見秘書を、私は疑惑の目で見据えた。

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