ボレロ - 第三楽章 -
あの夜、私たちは同じ空間で時間をともにし、ひとときも離れることはな
かった。
私は彼の腕にからめとられたまま明け方近くまで体を寄せ合っていたとは、彼女は
知るよしもない。
宗が浅見さんを送った事実がないのだから、二人で車に乗り込んだとは彼女の
幻想に過ぎず、よって、その様子を写されることなど絶対にない。
浅見さんの深夜の訪問は、彼女と宗が会う姿をカメラマンの前にさらすためだった
のではないか。
私の不注意でしたと、きりに謝る浅見さんに同情的な顔を見せながら、私はこれ
からどうするべきかと思案をめぐらせた。
「そんなのウソよ」 と否定するのは簡単だが、彼女のウソに付き合うことで何か
が見えてくるかもしれない、このまま知らぬふりで話を合わせようと決めた。
「そうだったの……」
「副社長のご心痛な様子が心配でしたので……ですが、あのような時刻にお訪ね
したのはやはり軽率な行動でした。マスコミの目を警戒するべきでした」
「だけど、彼がそんなことを考えていたなんて……そうね、距離をおくことも必要
かもしれないわね」
そうですねと返事をしてきた浅見さんをじっと見つめ、彼女の顔の変化を注意深く
観察した。
距離をおくといった私の言葉に何度もうなずき、その方がいいと勧めているようだ。
私が宗との関係を見直すとでも思ったのだろうか。
宗から離れないと決めたのだから、万が一にもそんなことはない。
それにしても、なぜこうも偽りの言葉がスラスラと出てくるのだろう。
演技とは思い込みで成り立つのかもしれない。
浅見さんのウソに付き合いながら、私は自分の演技に満足していた。
ミーティングのあと、あらためて浅見さんの話を聞いた。
内容はエレベーターの中で交わしたものと大差はなかったが、ほかにも興味深い
話を聞くことができた。
「実は……以前にも副社長からご相談をうけまして、室長には内密にとのことで
したので……室長にはなにもかもお話しますとお伝えいたしましたのに……
申し訳ありません」
「浅見さんが謝ることではないわ。彼はあなたを信頼しているから相談したので
しょう。それに、浅見さんには近衛と須藤の架け橋になっていただくために、
ウチにきていただいたんですもの。副社長の相談事を聞くのも、お仕事のひとつ
といえるのではないかしら」
「そのようにおっしゃっていただけると、私も気持ちが軽くなります。
あの……副社長のお話というのは……」
「いいえ、やめましょう。彼があなたを信頼して話した事ですから、私は知らない
方がいいでしょう。いつか彼から話してくれるはずです、それまで待ちます」
私の返事に浅見さんは意外な顔をした。
本当に聞かなくていいのかと、でも言うように……
少し前までの私なら 「話してください」 と彼女に詰め寄っただろう。
私の知らない宗を知りたくて、私の知らない時間の宗の行動が気になり、浅見さん
の言葉を信じて不安にさいなまれ、自分を追い込んでいった。