ボレロ - 第三楽章 -
「社内の広報誌に載せる記事を彼が担当していましたが、
海外出張に行かれた役員の方々の、失敗談を集めて掲載しようとして問題になり
ました」
「それくらいで問題になるのか。社内報だ、あまり厳しくしても……」
「笑ってすませられるものでしたら問題にいたしません。
酒場のダンサーと夜中の町に消えた役員がいたとか、ギャンブルにのめりこんで
借金を抱え込んだとか、たとえ事実であったとしても、それらは社内報に載せる
話題ではありません」
「海外出張で羽目をはずしたんだろう。よく聞く話ではあるが」
「面白おかしく文章にされていましたが、あまりにもリアルな内容でしたので……
ですから、彼の記事は問題になりました。
どこから情報を入手したのか追及があり、彼の口から浅見里加子の名前が出ま
した」
「恋人から聞いた話を記事にした……ということですか 。
でも、その社員はどうして辞めることに? 事前にわかり、記事そのものは出な
かったのですから、彼がやめる必要はなかったのではありませんか」
私の疑問を聞くと、真琴さんはひと息おいてから辛そうに声を搾り出した。
「副社長の記事もありました。出張先で体調を崩して秘書の介抱を受け、
秘書と親密になったというものでした」
「その秘書が、浅見さんですか」
「はい、副社長が彼女の髪を褒めながら、君のような人にそばにいて欲しい、
そう言ったと……」
「そんなことを言った覚えはない……いつの出張だ」
顔色を変えた宗は、自分にそんなことがあったのかと懸命に思い出そうとして
いる。
「一昨年のアメリカ出張で副社長が体調を崩され、浅見がお世話したと聞いて
おります」
「そうだ、あの時は浅見さんの看病は、その……なんというか……少々度を越して
いました。つきっきりでしたからね。それこそ痒いところに手が届く看病で、
恋人のような振る舞いでした。あれからですよ、彼女に婚約者候補の噂がでた
のは」
「役員の方々のプライベートを他言したことを重く見て、浅見には厳重注意いた
しました。浅見から聞いた話を誇張したのでしょうが、事実ではないことを記事に
したとして、彼は担当をはずされ、当時広報部長だった私の叔父は、責任を取って
辞任いたしました」
「そうだった。君の叔父さんは、頑固で潔くて、みなが引き止めても辞めると
言って聞かなかった……」
話を終えうつむいてしまった真琴さんに代わり、平岡さんが話をつないだ。
事実ではないことを記事にしたのは 「面白い記事を」 と部長の指示があった
からだと、中島という社員は言い張ったという。
部長の意図は 「社員が楽しんで読める記事」 というものだったが、意味を履き
違えた彼はゴシップまがいの記事を書き、それだけでなく、事実ではないことまで
掲載しようとした。
浜尾部長は自分の監督責任であるとして辞任し、その後、記事を書いた中島も
居づらくなり退職に追い込まれた。
「見えてきましたね」
「うん、見えてきたようだ」
それまで黙って聞いていた堂本さんと知弘さんが、大きく頷きながら声を掛け
合った。