ボレロ - 第三楽章 -
「やめさせられたと恨みを持つ元社員と、その恋人が引き起こした事件……というところでしょうか」
「浅見君は自分がもらした言葉で、彼を失職させたことに負い目を感じたんだろう」
「男に比べて、浅見さんには厳しい処分もなく会社にも残りました。けれど 『SUDO』 への出向は、左遷だと受け取ったかもしれませんね」
「選ばれて出向したとは思わなかったのか。取りようによっては、確かに左遷だな。それを恨んで、恋人と騒動を企てたのか。いわば逆恨みだな。だが、理由にしては弱いな」
堂本さんと知弘さんの話を聞き、宗はしきりに感心していたが、私と真琴さんは顔を見合わせて苦笑いしていた。
それはないわね……と互いの目が言っている。
「女性二人の意見は違うようだね」
「えぇ、浅見さんが彼に負い目を感じたかどうか疑わしいわね。少なくとも私は、信用して話したことを記事にするような男性は願い下げだわ。真琴さんはいかが?」
「呆れることはあっても、負い目は感じませんね。私も珠貴さんと同じです」
「女の人は、恋人でもそんなふうに考えるんですか?」
平岡さんが意外そうに尋ね、知弘さんと堂本さんも、私たちの意見に興味深そうな顔を向けた。
「浅見さんは、恋人のあいだでかわされた話を他言するような彼に、幻滅したのではないかしら。退職に追い込まれたのも、仕方がないと思ったかも……
彼に見切りをつけて他の可能性を探ったとも考えられるわ。
彼女は、副社長の婚約者候補と言われていたのでしょう? 期待もあったんじゃないかしら。
ところが、帰国したら 『SUDO』 へ出向を命じられて、左遷だと受け取った」
「自分が婚約者になるどころか、副社長にはすでに意中の女性がいて、その人のために働かなくてはならないとしたら……」
「屈辱だろうね……元恋人に再会して、互いの苦境を嘆き、計画を企てた……これも成り立つな」
知弘さんが私たちの意見をまとめると、他の男性から納得した声がもれたのだった。
「いずれも、本人に聞いてみなければ本当のことはわからないわ」
「そうですね、まったく別の理由かも知れませんから」
私の意見に、真琴さんが言葉を添えていく。
打ち合わせをしたようなスムーズな言葉のやり取りは、気持ちのよいものだった。
「私、彼女の目的が知りたいわ……浅見さんに会って、直接聞いてみようと思うの」
「待て、珠貴ひとりで会うのは危険すぎる」
宗の顔がとたんに険しくなり、絶対にダメだと言う。
「危険はないわ、彼女は犯罪を犯したわけじゃないのよ。一対一で話した方が本心を聞きだせるはずよ」
「私も賛成できません。いまの彼女は捨て身になっています、どんな行動にでるかわかりません。危険です。あの時、もっと厳しく責任をとらせるべきでした。私の判断が甘すぎました」
「真琴さん……」
広報の彼が担当をはずされたように、浅見さんにも相応の処分をと求めた真琴さんだったが、叔父さまの 「誰にでも過ちはある。やり直す機会を与えるべきだ」 との意見に、浅見さんは厳重注意だけですんだそうだ。
「浜尾部長の判断は間違ってはいなかったと思う。浅見君が仕事上見聞きしたものを男に話したのは、秘書として褒められた行為ではないが、信頼関係がある相手だから話しても安心だと思ったのだろう。
だが男は、聞いた内容を記事に利用し、話を誇張したうえ創作までしたのだから、過ちの度合いが違う。
許される者と許されない者の差だ」
「副社長がおっしゃるとおり、当時の叔父の判断に誤りはなかったと思います。
それでも、彼女はのちに、このようなことを引き起こしました。見抜けなかったのは私の責任です」
「それこそ誰にでも過ちはある、そういうことだよ。浜尾さん、自分を追い詰めてはいけないよ」
知弘さんの言葉に、真琴さんの目が潤んできた。
真琴さんのそばにいき、私は彼女の背中に手をあて声をかけた。