ボレロ - 第三楽章 -


「後ろを向くのは真琴さんに似合わないわ、前を向きましょう。これからやる事がいっぱいあるんですもの」


「珠貴さん……えぇ、これからが大事ですね……今度は私が励まされましたね」



『筧』 で宗に気持ちを話すようにと勧め励ましてくれた真琴さんに、少しだけお返しができた気がした、



「珠貴と浜尾君はそんなに親しかったのか。知らなかったよ」   


「えぇ、見えないところでつながっているの。そういうみなさんもね」


「そういうみなさんってのは、誰のことだ?」



女同士の意外なつながりに感心する知弘さんの横で、宗がまったくかみ合わない質問をし、宗を除く顔が苦笑いとなり、緊迫した空気が和んだ。

思いつめた真琴さんの気持ちが少しでもほぐれますようにと、彼女に親密な顔を向けた。



「うぅん、誰でもいいの、ねっ」


「えぇ、ふふっ……」



目配せして忍び笑いをする私と真琴さんのあいだに、ひとつの絆が結ばれた。

見えないつながりが、ときに物事の解決への手助けにもなる。

見えない多くの人々に、自分たちは支えられているのだと思うと胸が熱くなった。


さて、これから先だが、具体的な対策を……と知弘さんが話し出したところで電話が入った。

「漆原君からだ。失礼するよ」 と、立ち上がって部屋の隅に行き電話に出た。

私たちへ情報をもたらしてくれる漆原さんに、これまでどれほど助けられたことか。

知弘さんへの電話ということは 『SUDO』 に関する何かがわかったのだろうか。

会話が気になり聞き耳を立て様子を伺うが、表情から良い知らせではなさそうだ。

席に戻ってきた知弘さんは、眉を忌々しそうに寄せていた。



「静夏の周辺を探っている記者がいるらしい」


「探っているって、ベルンに行ったんですか」


「そこまではたどり着いていないようだが、海外にいるのは本当に勉強のためなのか、他の理由があるのではないかと、方々に聞きまわっているらしい」


「静夏の現在の居場所を知る者はほとんどいませんから、まず漏れる心配はないと思いますが」


「他の理由があるのではないかと聞いているのが引っかかりますね。そんな言い方をされては、勉強の他に理由があるのではと、誰しも興味を持つでしょう」



堂本さんの鋭い見解に、宗と知弘さんは顔色を変えた。

誰かが静夏さんを探るように仕向けたのではないでしょうかと続けた堂本さんに、みなが顔を見合わせた。



「浅見さんが動き出したのか……先輩、なんとかしないと大変なことになりますよ。
静夏さんの妊娠がわかったら ”近衛社長令嬢 海外で極秘出産” とかなんとか、面白く書かれるに決まってます」


「わかってる。だから、それをこれから考えるんだ。しかし、静夏だけを攻めてくるとは思わなかったな……」


「静夏がベルンにいると知られるのは時間の問題だな だが ベルンまで取材の手が伸びるだろうか」


「記者が赴かなくても、現地に滞在する日本人に取材はできます。若い女性で妊娠中なら目に付くでしょう」
 

「静夏を見れば、体の変化は一目瞭然だな……うーん……

だが、最悪すべてが明るみに出たとしても、なんとかなるだろう」



唇を噛み苦々しい顔をしていた知弘さんが、小さな笑みを浮かべ吹っ切れたような顔になり、実は……と話し出した。



「あとで言うつもりでいたんだが、昨日、入籍をすませた。正式に結婚したことになる。
彼女が海外にいるのは仕事の都合だ。やむをえず別居しているとでもいえば、とりあえず説明はつく」



みなの口からそれぞれに 「おめでとう」 の言葉があり、照れた顔が嬉しそうだった。

私は密かに堂本さんの表情を伺っていた。

彼が想う人が静夏ちゃんなら……

人知れず想い続けた人の結婚を聞き、その心中は平静ではいられないだろう。

変わらぬ顔で祝福の言葉を告げる堂本さんの心の切なさが見えるようだった。

だが、彼は気丈にも次のような提案をしてきた。



「先に手を打ったほうがいいのではないでしょうか。
静夏さんの周辺を探る手を止めるほどの、インパクトを与える必要があります。
ヘリポートの写真を公表してはいかがでしょう」


「うん、そうだな。あの一枚ならインパクトがある……漆原君もいつでもいいと言っていた。掲載先も交渉済みだそうだ」


「このタイミングなら、先手を打つことができます」


「だがなぁ、こっちは恥ずかしさでどうにかなりそうだ。できたら表に出したくはないが」


「一枚の写真は、誰の言葉よりも雄弁です」



堂本さんのひと言に宗も嫌とはいえなくなり、週刊誌の掲載に同意したのだった。

雑誌に載せるタイミングは漆原さんに任せることになった。


< 113 / 349 >

この作品をシェア

pagetop