ボレロ - 第三楽章 -


あの写真が公になる。

宗との交際が明らかになれば、私の周辺は一変するだろう。 

マスコミだけでなく、親族、友人、知人……仕事で取引のある方々などから、問い合わせの対応に追われる日々が始まる。

それは覚悟の上だが、両親へ話をしておかなくてはと思った。

母は宗との交際を知っているが、父はまだ知らない。

父に向き合う良い機会かもしれない。

密かな決意とともに、その夜遅く帰宅した。




退院後、しばらく自宅療養となった父は、まだ起きており書斎にいるという。 

仕事に復帰するための準備に余念がなく、無理をさせたくないのにと母が嘆いていた。

書斎に行き 「お話があります」 と父に告げると、座りなさいと言いながら椅子を勧められた。

お体は大丈夫? と聞くことからはじめたが、「大丈夫だ」 との父の簡潔な返事に会話が続かず、本題を話し出すきっかけを失ってしまった。 

母のように 「どうしたの、早く話しなさい」 などと父は言わない。

小さい頃からそうだった。

話を聞くときは、私の心の準備が出来るまで辛抱強く待っていてくれた父だった。

懐かしい思いが胸に迫り、ようやく決心がついた。



「近く週刊誌に写真が掲載されます。私と近衛宗一郎さんが写っています」


「どんな写真だ。この前のような隠し撮りか」


「いいえ……先日、ビルの屋上から近衛さんに助けていただいたあのとき、カメラマンが写したものです」   


「どうして珠貴がそんなことを知っている。まだ発売前だろう」


「カメラマンから聞きました」


「なに? おまえに写真の掲載の承諾を求めたのなら、掲載を差し止めることもできるはずだ」


「意図的に公表します。そのことを、お父さまにも承知していただきたくて」



うーん……とうなるように低い声を漏らしたが、感情的になった様子はない。

深く思いをめぐらしている顔をしていた。



「意図的に公表する理由はなんだ。ここ最近のマスコミの騒ぎに関係があるのか」


「はい……騒ぎを収めるために……終わらせるためです」


「それで収束するというのか。なぜそうだと言える」


「真実を伝えるからです」


「真実?」



首を傾け顎に手を添える父特有の仕草が、意味がわからないと語っていた。

私は小さく息を吐き呼吸を整えると、思いを一気に言葉にした。



「近衛宗一郎さんとお付き合いしています。三年ほどになります。
気持ちが決まりましたので、お父さまにもお話しするつもりでした。
宗一郎さんもお話をしてくださるとのことで、お父さまにお会いする予定になっていたはずです」

 

それまで、さほど変わりなく私の話を聞いていた父が、このときばかりは大きく表情を変えた。

驚きながら、近衛君と会う予定とは……と漏らしながらスケジュールを手繰っている。

顎に当てた手が、しきりに動き落ち着きのない仕草になっていた。



「あぁ、そうだ。個人的に会いたいと近衛君から言われていた……そういう話だったとは……
この件についてはいずれ聞こう。
……写真の掲載を専務は知っているのか。まさか、おまえたちが先走って」


「専務もご存知です」


「私の承諾を得るようにと、知弘が言ったのか」


「いいえ、私の判断でお話しました。お父さまにお話しておくべだと思いましたので」


「わかった」


「えっ?」


「わかったと言ったんだ。私は休職中だ、すべて専務に任せている。知弘が承知しているのならそれでいい」



思いがけない父の言葉だった。

< 114 / 349 >

この作品をシェア

pagetop