ボレロ - 第三楽章 -
写真掲載後、私は興味本位の問いかけと取材には一切応じず、笑顔のまま無言を通していた。
周囲の反響は温かなものが多いとはいえ、交際の有無を聞いてくる人も少なくはない。
あからさまに 「近衛さんとおつきあいしても、結婚は難しいわね」 などという人もいた。
記事がでたあとも以前ほどの騒ぎにはならず、記者の人数も減っていたが 「どちらも後継者ですから、ご両親の反対にあっているのではありませんか」 としつこく聞いてくる記者もいた。
私は無言でやり過ごしていたが、宗は違った。
同じように記者の問いかけを受けて……
『彼女は私の大切な人です』
このように返事をしていた。
このコメントがでたからというもの、以前にも増して大変な騒ぎになったが、昨年の異臭騒ぎでコメントを切り取られた時とは大きく異なった。
今回は宗が自分の意思で発したため 『彼女は大切な人』 発言は彼の偽らない気持ちと、私たちの交際を認め肯定する言葉として紹介され、それまでの宗の評価は一変し好印象が広がっていった。
『そろそろ動き出すはずです。気をつけてください』
浅見さんの動きを警戒していた堂本さんの予想が的中した。
彼女の誘いに乗るのは危険だとわかっていたが、どうしても浅見さんの目的が知りたかった。
その日の私は、学生時代の友人へ贈る結婚祝いの品を選ぶための買い物に出かけていた。
運転手の前島さんが待っているかと思うと気持ちがせいて、贈り物はなかなか決まらない。
焦る気持ちを抱える私の前に彼女が姿を見せたとき、警戒するより、これでゆっくり品選びが出来ると思ったのだった。
「お持ちいたします」 と私が抱えていた買い物済みの品とバッグを受け取りながら、前島さんに急用ができ、至急帰宅しなければならなくなったため、自分が前島さんの代理を務めることになったと、浅見さんはここへ来た理由を端的に述べた。
お時間は気にせず、どうぞゆっくりお選びくださいと、私にとってはなにより嬉しい言葉が添えられ、同性だけがわかりあえる環境になったと喜びもした。
買い物に気持ちが向いていたとはいえ、彼女の行き届いた言葉にやましさを感じ取れず、心行くまで贈り物を選ぶことができたことで、心に油断ができていた。
ショップの前に止まっていた車が社用車でないことにも気がつかず、開けられドアから当然のように乗り込んだ。
「お食事はいかがでしょう。浜尾もご一緒いたします」
「いいわね。いつ?」
「今夜、これからご案内いたします」
「これから……」
「はい」
ルームミラー越しの浅見さんに笑みのまま見据えられ、私は選択肢を失った。
「どちらに案内してくださるのかしら」
「静かに話が出来る場所においでいただきます」
「私と話がしたいと……そういうことですか」
「はい」
どこに連れて行こうというのだろう、行った先に真琴さんはいるのだろうか。
見えない不安はあったが、浅見さんと向かい合う絶好のチャンスだと思うと、不安な気持ちは薄らいでいた。
けれど、宗に心配をかけないためにも、彼女と一緒にいることを誰かに伝えておかなければ……
「わかりました。それでは、帰りが遅くなると連絡したいので、行き先を教えていただけますか」
「ご自宅には、先ほど私が連絡いたしましたので、どうぞご安心ください」
「えっ……」
家の者に確認しようとして愕然とした。
手にバッグを持っていないことに、このとき初めて気がついたのだった。
プレゼントを選ぶ最中突然現れた彼女は、両手がふさがった私に 「お持ちいたします」 と声をかけ、さりげなく私の腕からバッグを引き抜いた。
バッグは彼女の手に渡ったままだ。
電話を掛けることもできない、財布も手元にない、手に持っているのは今しがた支払いを済ませたばかりのカードが入ったケースと品物だけだ。
車に乗る前なら、通りに飛び出してタクシーに乗り込むこともできただろうが、走り出した車からの脱出は不可能に近い。
信号待ちの停止でドアから飛び出そうかと思ったとたん、無常にもドアロックの音がした。